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感染症の歴史 : ミニ英和和英辞書
感染症の歴史[かんせんしょうのれきし]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かん]
 【名詞】 1. feeling 2. sensation 3. emotion 4. admiration 5. impression
感染 : [かんせん]
  1. (n,vs) infection 2. contagion 
感染症 : [かんせんしょう]
 【名詞】 1. infectious disease 2. infection 
: [しょう]
  1. (adj-na,n-suf) illness 
歴史 : [れきし]
 【名詞】 1. history 

感染症の歴史 : ウィキペディア日本語版
感染症の歴史[かんせんしょうのれきし]

感染症の歴史(かんせんしょうのれきし)では、世界の歴史において、特に後世に社会的経済的文化的に甚大な影響を与えた感染症について記述する。
== 概要 ==

病原微生物ないし病原体マイコプラズマクラミジアといった細菌スピロヘータリケッチアウイルス真菌原虫寄生虫)がヒト動物のからだや体液に侵入し、定着・増殖して感染をおこすと組織を破壊したり、病原体が毒素を出したりしてからだに害をあたえると、一定の潜伏期間を経たのちに病気となる。これを感染症という。類義語として伝染病があるが、これは伝染性をもつ感染症をさしている〔藤森(1988)p.414〕。また、伝染性をもつ感染症の流行を疫病(はやり病)と呼んでいる。
感染症の歴史は生物の出現とその進化の歴史とともにあり、有史以前から近代までヒトの疾患の大きな部分を占めてきた。感染症や疫病に関する記録は、古代メソポタミア文明にあってはバビロニアの『ギルガメシュ叙事詩』にすでに四災厄のなかのひとつに数えられ、同時期のエジプトでもファラオの威光は悪疫の年における厄病神に比較されている。中国にあっても、紀元前13世紀における甲骨文字の刻された考古資料からも疫病を占卜する文言が確認されている〔マクニール『疫病と世界史』文庫版・上(2007)pp.141-142〕。そしてまた、医学の歴史は感染症の歴史に始まったといっても過言ではない。感染症は、民族や文化の接触と交流、ヨーロッパ世界の拡大、世界の一体化などによって流行してきた。
感染症の伝染性を発見したのは、イスラーム世界を代表する医学者でサーマーン朝出身のイブン・スィーナーであった。「医学典範(''āb al-Qānūn fī al-ṭibb、The Canon of Medicine'')」(1020年)において隔離が感染症の拡大を止めること、体液が何らかの天然物によって汚染されることで感染性を獲得することを記述している〔David W. Tschanz, MSPH, PhD (August 2003). "Arab Roots of European Medicine", ''Heart Views'' 4 (2).〕。ただし、その物質が病気の直接原因になるとは考えていなかった〔Ibrahim B. Syed, Ph.D. (2002). "Islamic Medicine: 1000 years ahead of its times", ''Journal of the Islamic Medical Association'' 2, p. 2-9.〕 。
14世紀ナスル朝で活躍したイブン・アル=ハティーブイベリア半島アンダルス地方における黒死病(ペスト)の流行において、衣類食器イヤリングへの接触が発症の有無を左右していることを発見した。これを受けて、イブン・ハーティマ(Ibn Khatima、1369年 - ?)は「感染症は微生物ヒトの体内に侵入することによって発症する」との仮説を打ち立てた〔。この考えは、16世紀イタリア修道士で科学者のジローラモ・フラカストロの著作『梅毒あるいはフランス病』(1530年)や『伝染病について』(1546年)により、ルネサンス期のヨーロッパにも広く受け入れられた。フラカストロは伝染病のコンタギオン説(接触伝染説)を唱え、梅毒(''Syphilis'')やチフス(''typhus'')という病名の命名者となった。
病原体(病原微生物)について、それを人類が初めて見たのは、形態的には1684年オランダアントニ・ファン・レーウェンフック光学顕微鏡による細菌の観察だといわれる〔 - モダンメディア55巻9号「人類と感染症の戦い」〕。レーウェンフックの顕微鏡の改良により、細菌を肉眼で容易に観察できるようになった。
1838年に細菌を意味するラテン語 "''bacterium''" が出現しており、病原体が現在のように判明してきたのは19世紀以降のことであって、フランスルイ・パスツールドイツロベルト・コッホに負うところが大きい。パスツールは、病気の中には病原体によって生じるものがあることを証明し、狂犬病のワクチンを開発した。そしてコッホは、1875年、感染力のある病原体としての細菌である炭疽菌を、光学顕微鏡を用いた観察によるものとして初めて発見し〔、また、感染症の病原体を特定する際の指針として「コッホの原則」を提唱して近代感染症学の基礎となる科学的な考え方を打ち出した。エドワード・ジェンナージョナス・ソークアルバート・サビンの3人はそれぞれ、天然痘ポリオに有効なワクチンを開発し、後にそれぞれを地球上から根絶、もしくはほぼ制圧するために大きな一歩を踏み出した。日本でも、北里柴三郎1894年ペスト菌を、志賀潔1898年赤痢菌を発見している〔。なお、主な疫病菌の発見は以下の通りであり、19世紀後葉から20世紀初頭にかけての時期に集中している〔倉持(1995)pp.315-324〕。
光学顕微鏡でも視認されえないウイルス(''virus'')の発見は、細菌よりも遅れ、1892年ロシア植物学者ドミトリー・イワノフスキーによるタバコモザイクウイルスの発見が最初であった〔。
細菌による感染症は1929年に初の抗生物質であるペニシリンがイギリスのアレクサンダー・フレミングによって発見されるまで根本的な治療法はなく、ウイルスによる感染症に至っては患者自身の免疫に頼らざるを得ない部分が今なお大きい。
1935年、ドイツのゲルハルト・ドーマクは初の広域合成抗菌薬であるサルファ薬を開発、発表している。サルファ薬は、生物由来ではないため、抗生物質とはされない。抗生物質とサルファ薬の開発は、感染症治療に新しい地平を切り開いた。
抗生物質の普及や予防接種の義務化、公衆衛生の改善などによって感染症を過去の脅威とみなす風潮もみられたが、耐性菌の拡大経済のグローバル化による新興感染症の出現など、一時の楽観を覆すような新たな状況が生じている。
こうして感染症(伝染病)は長い間、人びとのあいだで大きな災厄ととらえられてきており、今なおその脅威は人類社会に大きな影を投げかけている。災厄に対する人びとの対応は、歴史的・地域的にさまざまであったが、その一方で、人びとの行為・行動の背景となった疫病観、死生観信仰哲学科学の発達などを考察することにより、人類の歴史経済社会のあり方への理解を深めることができる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「感染症の歴史」の詳細全文を読む




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