翻訳と辞書
Words near each other
・ ロベルト・ステッローネ
・ ロベルト・ストレイト
・ ロベルト・スヒルデル
・ ロベルト・ズメリク
・ ロベルト・セザー
・ ロベルト・セザー・ザルディン・ロドリゲス
・ ロベルト・セベロ
・ ロベルト・センシーニ
・ ロベルト・ゼベリャン
・ ロベルト・ゼーベレック
ロベルト・ソト
・ ロベルト・ソリアーノ
・ ロベルト・ソルダード
・ ロベルト・タレンツィ
・ ロベルト・ダイクラーフ
・ ロベルト・ダンジョ
・ ロベルト・ダ・シルヴァ・アルメイダ
・ ロベルト・チェコン
・ ロベルト・チェロ
・ ロベルト・チコ・バルボン


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ロベルト・ソト : ミニ英和和英辞書
ロベルト・ソト
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


ロベルト・ソト : ウィキペディア日本語版
ロベルト・ソト

ロベルト・ソトRoberto Soto López1948年 - )は、プエルトリコサンフアン出身の元プロレスラー。地元のプエルトリコでは、覆面レスラーインベーダー2号Invader #2)としての活動でも知られる。
カルロス・コロン主宰のWWCを主戦場に、アメリカ合衆国本土深南部ニューヨーク地区でもベビーフェイスのポジションで活躍した。
== 来歴 ==
デビュー後は実兄の"サイクロン" マヌエル・ソトとともにアメリカ本土で活動し、ニューヨークWWWFではドクター・ジェリー・グラハム&エディ・グラハムヒール勢のジョバーを務め、ゴリラ・モンスーンとの1対2のハンディキャップ・マッチも行われた。WWWFではマヌエルの「サイクロン」に対し、ロベルトは「ハリケーン」をニックネームとしていた。
その後、フロリダジョージアなどNWA南部テリトリーに進出。ジョージアでは1969年9月16日、マヌエルとの兄弟コンビでメイコン・タッグ王座の初代王者チームに認定されている。シングルでは1972年5月5日、バディ・コルトからジョージア・ヘビー級王座を奪取。以降もジョージアを主戦場に、アルゼンチン・アポロボブ・アームストロングティム・ウッズなどの人気選手のパートナーとなって活動した。
1974年10月、新日本プロレスに初来日。シリーズ後半戦に特別参加したアンドレ・ザ・ジャイアントのパートナーに起用され、アントニオ猪木&坂口征二が保持していた北米タッグ王座に挑戦した。1977年3月の再来日時にはワールドリーグ戦の第4回大会に出場。外国人選手同士の公式戦ではマスクド・スーパースターニコライ・ボルコフには敗退したが、トニー・チャールズベラ・ロドリゲスからは勝利を収めている。翌1978年3月の来日では、当時ドラゴン・ブームを巻き起こしていた藤波辰巳とも対戦した。
その後、地元プエルトリコのWWCにて覆面レスラーインベーダー2号に変身、インベーダー1号ことホセ・ゴンザレスとのタッグチームで活躍し、1978年11月11日にはケンゴ・キムラ&ハル・ササキから世界タッグ王座を、1979年8月5日にはダッチ・マンテル&フランキー・レインから北米タッグ王座をそれぞれ奪取。ドリー・ファンク・ジュニアテリー・ファンクザ・ファンクスとも抗争を展開した。
1981年1月、ジ・インベーダーのリングネームで国際プロレスに来日。ルー・テーズ杯争奪戦の前期予選に参戦し、Bブロック2位の戦績を残したが(アニマル浜口に敗退するも鶴見五郎とベン・アレキサンダーに勝利)、各ブロックの2位選手3名による敗者復活戦でラッシャー木村ボブ・スウィータンに連敗、秋に開催が予定されていた決勝リーグへの出場権は獲得できなかった。なお、本拠地プエルトリコでのインベーダーのマスクはオリジナルのものだったが、この国際プロレス来日時はミル・マスカラスを模した覆面を被っていた。
同年7月からはWWFのミッドカードに出場し、ジョージ・スティールラリー・シャープジョニー・ロッズカルロス・ホセ・エストラーダらと対戦。若手時代のカート・ヘニングと組み、WWFタッグ王者チームのザ・ムーンドッグスレックス&スポット)やミスター・サイトー&ミスター・フジとも対戦した。
以降、1980年代はプエルトリコにてインベーダー2号として活動し、アブドーラ・ザ・ブッチャーオックス・ベーカーアイアン・シークブッチ・ミラー&ルーク・ウィリアムスザ・シープハーダーズなどと抗争。アメリカ本土での活動も続け、1985年9月20日にはアラバマコンチネンタル・チャンピオンシップ・レスリングにてNWAアラバマ・ヘビー級王座を獲得、翌1986年にかけてジェリー・スタッブスとタイトルを争った。1987年テキサス州ダラスWCCWにて、アブドーラ・ザ・ブッチャーやキラー・ブルックスと対戦している。
セミリタイア後は、1991年5月にFMW1993年8月にはW★INGプロモーションに、それぞれインベーダー2号として来日。プエルトリコでは1997年1998年にWWCのアニバーサリー・イベントに出場した〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ロベルト・ソト」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.