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吉田兼右 : ミニ英和和英辞書
吉田兼右[よしだ かねみぎ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [けん]
  1. (conj,n) and 2. in addition 3. concurrently 
: [みぎ]
 【名詞】 1. (1) right hand side 2. (2) above 3. afore-mentioned 4. foregoing 5. forgoing 

吉田兼右 : ウィキペディア日本語版
吉田兼右[よしだ かねみぎ]

吉田 兼右(よしだ かねみぎ)は、堂上家(家格は半家卜部氏)である吉田家の8代当主(卜部氏24代)。〔名は「かねみぎ」と読む。「かねすけ」と読むのは誤りで、天理図書館吉田文庫に収める系譜や、『御湯殿上日記』(元亀元年9月28日条)にも「かねみぎ」と見える。〕
有職故実書籍『官職難儀』・神道書籍『兼右卿記』の著者
== 経歴 ==
少納言非参議正三位)・清原宣賢(非参議・吉田兼倶の三男)の次男。神祇権大副侍従吉田兼満養子となった。子に神祇大副左衛門督吉田兼見神龍院梵舜
官途は侍従神祇大副右兵衛督従二位。吉田家の当主だった兼満が大永5年(1525年)突然家を出奔したため、従弟にあたる兼右が10歳の若さで後を継ぎ、父宣賢が後見役となって唯一神道の道統を継承した。祖父兼倶以来の神道説を宣揚して、積極的に全国の神社神職に対して宗源宣旨や神道裁許状を発行するとともに、地方のオトナ衆・氏子との交流を図って吉田家の家門拡大に努めた。特に周防大内氏越前朝倉氏若狭武田氏に招かれ神道伝授を行った。元亀4年(1573年)正月10日、58歳で薨去した。遺言により遺骸は吉田神社の近くに社壇を建てて唯神霊神と称して祀られた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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