翻訳と辞書
Words near each other
・ 黒田俊節
・ 黒田俊雄
・ 黒田保久二
・ 黒田信哉
・ 黒田修理亮
・ 黒田倫弘
・ 黒田健吾
・ 黒田光
・ 黒田光之
・ 黒田八虎
黒田兵庫助
・ 黒田兵衛
・ 黒田内閣
・ 黒田利則
・ 黒田利隆
・ 黒田利高
・ 黒田勇樹
・ 黒田勉
・ 黒田勝弘
・ 黒田勲


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

黒田兵庫助 : ミニ英和和英辞書
黒田兵庫助[くろだ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [くろ]
 【名詞】 1. (1) black 2. (2) dark 
: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [へい]
 【名詞】 1. (1) (common) soldier 2. rank and file 3. (2) army 4. troops 5. (3) warfare 6. strategy
: [すけ]
 (n) assistance

黒田兵庫助 ( リダイレクト:黒田利高 ) : ウィキペディア日本語版
黒田利高[くろだ としたか]

黒田 利高(くろだ としたか)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将黒田氏の家臣。黒田二十四騎黒田八虎の筆頭。
== 生涯 ==
天文23年(1554年)、黒田職隆の次男として播磨国姫路城で誕生した。同母兄に孝高(官兵衛・如水)がいる。
天正5年(1577年)、織田信長による中国攻めが開始されると、兄・孝高と共に羽柴秀吉の配下として参加し、秀吉の馬廻となった。天正6年(1578年)から天正8年(1580年)の三木合戦、その後の英賀城攻めにも従軍し、町坪城の城代となった。天正10年(1582年)の信長死後は秀吉に仕え、備中高松城の戦い山崎の戦いでも秀吉に従っている。天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦い時には、甥の黒田長政らと共に和泉国で一揆の鎮圧に当たっている。
天正14年(1586年)から天正15年(1587年)の九州征伐にも参加した。この頃、兄・孝高の勧めにより周防国山口でキリシタンの洗礼を受けた。その後、兄・孝高が戦後の九州国分によって豊前国6郡があたえられ、豊前中津城主となったため、兄から1万石を分与されて豊前高森城主となった。
兄が隠居すると、その家督を継いだ甥の黒田長政の後見役を務めた。文禄元年(1592年)からは文禄の役にも大組頭として参加したが、一度講和状態となった文禄5年(1596年)に帰国。その後体調を崩して和泉国で療養中に死去した。享年43。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「黒田利高」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.