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陸玩 : ミニ英和和英辞書
陸玩[りく, ろく]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [りく, ろく]
 (adj-na,n) six (used in legal documents)

陸玩 : ウィキペディア日本語版
陸玩[りく, ろく]
陸玩(りく がん、278年 - 342年)は、中国東晋官僚政治家士瑤本貫呉郡呉県。祖父は陸瑁陸遜の実弟)。父は陸英。伯父は陸喜。兄は陸曄
== 経歴 ==
高平国相の陸英の子として生まれた。東海王司馬越に掾として召されたが、就任しなかった。琅邪王司馬睿に召されて丞相参軍となった。累進して、奮武将軍の号を加えられた。侍中に任じられたが、病を理由に辞した。
王敦にその長史となるよう求められ、軍令によって迫られたため、やむをえず命に従った。324年太寧2年)に王敦の乱が平定されると、郗鑑が王敦の旧幕僚や佐官たちをみな免官禁錮にしようと意見したが、温嶠が上表して弁護したため、陸玩は連座しなかった。再び侍中に任じられ、吏部尚書に転じた。会稽王師を兼ねるよう命じられたが、固辞して受けなかった。
327年咸和2年)に蘇峻が反乱を起こすと、陸玩は兄の陸曄とともに建康の宮城を守った。陸玩はひそかに匡術を説得して、329年(咸和4年)に帰順させた。功績により興平伯に封じられた。330年(咸和5年)、尚書左僕射となり、揚州大中正を兼ねた。331年(咸和6年)、尚書令となった。左光禄大夫・開府儀同三司の位を受け、散騎常侍の任を加えられた。
340年咸康6年)、庾亮が死去すると、陸玩は代わって司空に上った。342年1月7日(咸康7年12月癸酉)に死去した。享年は64。は康といった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「陸玩」の詳細全文を読む




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