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藤原行隆 : ミニ英和和英辞書
藤原行隆[ふじわら の ゆきたか]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ふじ]
 【名詞】 1. wisteria 
: [はら, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation
: [くだり, ぎょう]
 【名詞】 1. (1) line 2. row 3. (2) verse 

藤原行隆 : ウィキペディア日本語版
藤原行隆[ふじわら の ゆきたか]
藤原 行隆(ふじわら の ゆきたか、大治5年(1130年)- 文治3年3月17日1187年4月27日))は、平安時代末期の廷臣。葉室行隆とも呼称する。藤原北家勧修寺流権中納言藤原顕時の長男。官位正四位下左大弁
== 経歴 ==
初め中宮大進として美福門院に仕え、のちにその養子であった二条天皇に仕えて、永暦元年(1160年)に蔵人長寛3年(1165年)に左少弁を歴任する。しかし、同年に二条天皇が崩御し、二条親政派が瓦解した永万2年(1166年)に解官され、以後長年に亘って不遇を託つ。治承3年(1179年)に平清盛によるクーデター(治承三年の政変)が起きると、清盛の推挙を受けて左少弁に還任して、安徳天皇の蔵人となる(この経緯は平家物語の「行隆之沙汰」の段に詳しい)。翌年山城守に任じ、治部大輔等を経て、正四位下・左大弁に至った。
養和元年(1181年)には、平家南都焼討によって消失していた東大寺の造寺長官に任ぜられ、その復興に当たった。造東大寺大勧進職に就いた重源と協力し任務に当たったが、事業の完成を見ることなく死去している。重源は生前の行隆の尽力に対する恩に報いるために、彼の遺族を東大寺領である備前国南北条荘の預所に任じている〔「重源譲状」(『鎌倉遺文』2-920)〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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