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稲富一夢 : ミニ英和和英辞書
稲富一夢[いね]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いね]
 【名詞】 1. rice-plant 
: [とみ]
 【名詞】 1. wealth 2. fortune 
: [いち]
  1. (num) one 
一夢 : [いちむ]
 【名詞】 1. (a) dream 2. (a) fleeting thing
: [ゆめ]
 【名詞】 1. dream 

稲富一夢 ( リダイレクト:稲富祐直 ) : ウィキペディア日本語版
稲富祐直[いなどめ すけなお]

稲富 祐直(いなどめ すけなお)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将砲術家。稲富流砲術の開祖。丹後国弓木城主。
祖父・稲富祐秀から砲術を学び、それを発展させて稲富流砲術を創始したといわれている。合戦の際に具足を2枚重ねて着ていたため二領具足の異名を持つ(長宗我部氏一領具足とは関係が無い)。
はじめ丹後一色氏に仕え、主家が滅ぶと細川忠興に仕えた。慶長2年(1597年)、慶長の役では蔚山倭城に籠もって活躍したという。同5年(1600年)の関ヶ原の戦いにおいては、細川氏大坂屋敷に居て、忠興の妻である細川ガラシャの警護をしていたが、ガラシャが石田三成の人質作戦に巻き込まれて死去すると、自身は砲術の弟子に助けられて屋敷から逃亡したという。そのため戦後に忠興から恨まれて殺されそうになったが、徳川家康にその砲術の腕と知識を惜しまれて助命された。
その後は、松平忠吉徳川義直に仕えたという。後に剃髪して一夢、理斎と号した。井伊直政黒田長政浅野幸長なども指南を受けた。しかし加藤清正からは売名家として非難されている。
慶長16年(1611年)に死去。子がいなかったために、実姉の子稲富秀明を養嗣子としたが、正保年間に死去したため、秀明の弟秀隆が跡を継いだ。
==小説==

*松本清張『火の縄』講談社文庫
*中村彰彦『ガラシャを棄てて』(徳間文庫・『敵は微塵弾正』収録)
*松本清張『逃亡者』(角川文庫・『軍師の境遇』収録)

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「稲富祐直」の詳細全文を読む




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