翻訳と辞書
Words near each other
・ 源清
・ 源清光
・ 源清平
・ 源清氏
・ 源清田村
・ 源清蔭
・ 源清麿
・ 源済子
・ 源済政
・ 源済橋
源湛
・ 源満仲
・ 源満国
・ 源満季
・ 源満快
・ 源満政
・ 源満末
・ 源満正
・ 源満頼
・ 源漑


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

源湛 : ミニ英和和英辞書
源湛[みなもと の たたう]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [みなもと, げん]
 【名詞】 1. source 2. origin 

源湛 : ウィキペディア日本語版
源湛[みなもと の たたう]

源 湛(みなもと の たたう)は平安時代前期から中期にかけての公卿左大臣源融の長男。
== 経歴 ==
貞観5年(863年)無位から従五位下叙爵備後権介備前権介侍従土佐権守を歴任。貞観18年(876年)従五位上・左兵衛佐に叙任される。貞観19年(877年)には左衛門佐を務めた。
元慶7年(883年備中守に任ぜられる。元慶9年(885年)には左近衛少将となり、仁和2年(886年正五位下に陞叙。仁和5年(889年讃岐介を務め、寛平2年(890年従四位下内蔵権頭に叙任。宇多天皇蔵人頭に補任される。内蔵頭、左近衛権中将を経て、寛平5年(893年参議に任ぜられて公卿に列した。さらに寛平8年(896年)には従四位上・弾正大弼に叙任された。
讃岐権守、刑部卿を経て、昌泰2年(899年美濃権守に任ぜられる。昌泰4年(901年正四位下に昇り、伊予守近江権守を歴任。延喜8年(908年従三位中納言に叙任された。翌延喜9年(909年)には陸奥出羽按察使に任ぜられた。延喜12年12月(913年1月)に致仕を請うが許されず、大納言に任ぜられた。
延喜14年(914年)致仕が叶い、引退。翌延喜15年(915年)5月21日に71歳で薨去

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「源湛」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.