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持明院通基 : ミニ英和和英辞書
持明院通基[き, もとい]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [つう]
  1. (adj-na,n) (1) connoisseur 2. authority 3. (2) counter for letters, notes, documents, etc. 
: [き, もとい]
 【名詞】 1. basis 

持明院通基 ( リダイレクト:藤原通基 (大蔵卿) ) : ウィキペディア日本語版
藤原通基 (大蔵卿)[ふじわら の みちもと]
藤原 通基(ふじわら の みちもと、寛治4年(1090年) - 久安4年10月10日1148年11月22日))は、平安時代後期の貴族鎮守府将軍藤原基頼の次男。母は筑前守藤原国仲の娘。正四位下能登守大蔵卿左京大夫持明院通基とも呼ばれる。
天治年間において、父の基頼が創建した持仏堂である持明院を改築・拡張して、安楽光院と改名。鳥羽上皇を招いて盛大な供養を行った。これ以降「持明院」の名称はその邸宅の名として残り、またその家の家号ともなった。三男の基家がこれを継承し、その子孫は羽林家持明院家として発展した。
== 系譜 ==

*父:藤原基頼
*母:藤原国仲の娘
*妻:上西門院一条(源師隆の娘) - 待賢門院官女、上西門院乳母
 *長男:藤原通親
 *次男:藤原通重(?-1149)
 *三男:持明院基家(1132-1214)
*生母不明
 *男子:良基
 *男子:長基
 *女子:藤原公通
 *女子:藤原実綱
 *女子:藤原休子(藤原信隆室) - 藤原殖子(七条院)の母


category:平安時代後期の貴族


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「藤原通基 (大蔵卿)」の詳細全文を読む




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