翻訳と辞書
Words near each other
・ 勧修
・ 勧修寺
・ 勧修寺ただ子
・ 勧修寺保都
・ 勧修寺光豊
・ 勧修寺光頼
・ 勧修寺婧子
・ 勧修寺宮済範親王
・ 勧修寺家
・ 勧修寺尚顕
勧修寺尹豊
・ 勧修寺徳子
・ 勧修寺政顕
・ 勧修寺教秀
・ 勧修寺教豊
・ 勧修寺晴右
・ 勧修寺晴子
・ 勧修寺晴秀
・ 勧修寺晴豊
・ 勧修寺流


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

勧修寺尹豊 : ミニ英和和英辞書
勧修寺尹豊[かじゅうじ ただとよ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かん]
 【名詞】 1. recommend 2. advise 3. encourage 4. offer (wine)
: [てら]
 【名詞】 1. temple 
: [いん]
 【名詞】 1. official rank 

勧修寺尹豊 : ウィキペディア日本語版
勧修寺尹豊[かじゅうじ ただとよ]
勧修寺 尹豊(かじゅうじ ただとよ、文亀3年(1503年) - 文禄3年2月1日1594年3月22日))は、安土桃山時代公家公卿)。
堂上家である勧修寺家名家藤原北家高藤流甘露寺支流)の第12代当主。
== 経歴 ==
権大納言であった第11代当主・勧修寺尚顕の子。室町幕府第10代将軍足利義尹(のちの義稙)から偏諱を受け、尹豊と名乗る(「豊」は第4代当主・経豊の1字)。母は石清水八幡宮検校澄清の娘。室は右京亮伊勢貞遠の娘。実子に権大納言勧修寺晴秀山城守・結城忠正の室、右近将監畠山家継西谷内畠山)の室などがいる。
武家伝奏を務める。
天文元年(1532年)8月8日、参議
元亀3年(1572年)2月3日、出家し、法名は、紹可
極位極官は、正二位(一位記返上)・内大臣

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「勧修寺尹豊」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.