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仙台市営モノレール南西線 : ミニ英和和英辞書
仙台市営モノレール南西線[せんだいしえいものれーるなんせいせん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [せんと]
 (n) cent
: [だい]
  1. (n,n-suf) (1) stand 2. rack 3. table 4. (2) support 5. (3) belt 6. (4) counter for machines, incl. vehicles 
: [し]
  1. (n-suf) city 
市営 : [しえい]
 【名詞】 1. municipal management 
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [みなみ]
  1. (n,vs) South 2. proceeding south 
南西 : [なんせい, みなみにし]
 (n) southwest
西 : [にし]
 【名詞】 1. west 

仙台市営モノレール南西線 : ウィキペディア日本語版
仙台市営モノレール南西線[せんだいしえいものれーるなんせいせん]

仙台市営モノレール南西線(せんだいしえいモノレールなんせいせん)とは、かつて宮城県仙台市の東西交通軸構想の一部を構成した、同市青葉区桜ケ岡公園(西公園)から太白区八木山を経由して、太白区茂庭台に至るモノレール新交通システムの新設構想。1987年昭和62年)11月に公式発表され、1991年平成3年)3月に事業化を公式に断念した。しかし、同構想の西公園 - 八木山間は、仙台市地下鉄東西線2015年12月6日開業)に受け継がれる形になった。
なお、仙台市交通局は当時「仙台市地下鉄」を使用していたため本構想の名称があるが、2007年(平成19年)頃に同局のそれは「仙台市地下鉄」に改称されたため、名称に整合性が無くなっている。
== 沿革 ==
1972年昭和47年)に仙台市交通計画委員会から答申された7路線の地下鉄網(参照)は再編され、南北軸は1981年昭和56年)3月23日、「仙塩広域都市計画 都市高速鉄道 第1号」(仙台市地下鉄南北線八乙女駅 - 富沢駅、、L=13.6km〔1988年(昭和63年)3月1日に仙台市に編入合併された泉市(現・仙台市泉区)では、合併のバーターである地下鉄南北線の八乙女駅から泉中央副都心泉中央駅までの延伸 (L=1.2km) が同年2月9日運輸省から認可され、1992年(平成4年)7月15日に開業。南北線全線の営業キロはL=14.8km()に延長された。〕)として都市計画決定し、着工した(1987年7月15日開通)。
東西軸については1979年(昭和54年)8月の仙台都市圏交通計画懇話会で初めて公式提案され〔<仙台東西線>36年 曲折を乗り越え 河北新報 2015年12月5日)〕、1980年(昭和55年)の仙石線連続立体交差事業推進協議会において、地下化される仙石線の(仮称)仙台駅(現・あおば通駅)から西側に向かって広瀬川手前の西公園まで、仙石線直通運転の地下鉄東西線(L=約1.2km。現行同名路線とは異なる)を建設する構想をたてた。翌1981年(昭和56年)には市も同路線の整備方針を固め〔、1984年度(昭和59年度)から調査・検討が始まった。1984年(昭和59年)7月27日国鉄(現・JR東日本)仙石線の(仮称)仙台駅(現・あおば通駅)から東側に向かって福田町駅までのL=7,730m()が「仙塩広域都市計画 都市高速鉄道 第2号」(JR仙石線)として都市計画決定して着工し、地下鉄南北線仙台駅と地下で接続する(仮称)仙台駅(現・あおば通駅)から在来線と接続する仙台東口駅(現・(仙石線)仙台駅)を経て陸前原ノ町駅を過ぎるまでが地下新線(仙台トンネル)、陸前原ノ町駅より先は高架等によって建設されることになった(1995年度完成見込みだったが、実際には2000年3月11日開通)。
西公園より西側は河岸段丘や丘陵地帯が広がっているため地下鉄(最急勾配35まで許可〔(一般財団法人 運輸政策研究機構)〕)での建設を断念し、建設省の補助事業として1985年度(昭和60年度)から4年にわたり、南西部および北西部へのモノレール新交通システム(最急勾配60‰まで許可〔)を導入するための調査を実施した。1985年度(昭和60年度)と翌年度の調査により「モノレール南西線」の原案が完成し〔、1987年(昭和62年)11月に公表された〔『仙台市史 通史編9 現代2』(仙台市 2013年3月31日) p.198〕。それは西公園から南西に向かい、仙台市八木山動物公園付近を経て、仙台市の新住宅市街地開発事業によって造成された茂庭台団地に至る路線(L=11.8km、12駅)だった〔。広瀬川や竜口峡谷を渡ること、青葉山丘陵を急勾配で上り下りする必要があること、建設費の削減などからモノレールが有力となったためそう呼ばれる。モノレールおよび新交通システムは道路の付属物として、道路管理者(本事業は市道上に建設されるため仙台市)が道路整備事業の一環として建設することになっている〔都市モノレールの整備の促進に関する法律(昭和47年11月17日法律第129号) (e-GOV)〕〔(日本モノレール協会)〕〔新交通システムの定義 (日本交通計画協会)〕ため、モノレール南西線が高架で通る予定の川内旗立線〔〔(都)川内旗立線の動物公園前交差点より先は、ひより台大橋までの区間が八木山団地分譲時から供用されている()。ひより台大橋は2015年10月17日開通。同橋から先は未着工だが、ひより台の南縁を回り、旧・秋保電気鉄道経営の旗立遊園地1926年1932年、現在は都市計画緑地・旗立緑地)付近で未成線の(都)富沢山田線と接続して終点となる計画である。〕や山田茂庭線〔〔(仙台市「仙台市都市計画道路網の見直しについて 」)〕などの都市計画道路も合わせて計画・検討された。1988年(昭和63年)6月には沿線住民を中心に「都市モノレール等南西線建設促進期成同盟会」が設立された。一方、1988年度(昭和63年度)には北西線の調査が実施された。西公園を起点とし、延伸が決まったばかりの地下鉄南北線・泉中央駅〔までの環状ルートなどが検討されたが、大量輸送機関を導入することは難しいとのことで自然消滅していった。
モノレール南西線ではさらに、当初の西端の駅であった茂庭台駅から北に向かい、錦ケ丘1985年造成開始)を経由して仙山線愛子駅まで約5kmの延伸構想が生まれた〔。これは、1987年(昭和62年)11月1日に両地区が含まれる宮城町が仙台市に合併される際のバーターであり〔、1989年平成元年)4月1日政令指定都市移行後の愛子副都心構想バブル景気期に政令指定都市に移行した仙台市では当時、北の泉中央副都心(地下鉄南北線・泉中央駅周辺)、南の長町副都心(地下鉄南北線・長町一丁目駅 - 長町駅 - 長町南駅周辺)、西の愛子副都心(JR仙山線・愛子駅周辺)、東の仙台港副都心(仙台港背後地、JR仙石線・中野栄駅が最寄駅)の4つの副都心を設定していた。〕とも連動したものであった〔。



計画・構想が公表される一方で、(都)川内旗立線〔が川内キャンパス(1957年取得)〔江戸時代仙台城二の丸および武家地として使用され、明治維新後に東北鎮台(仙台鎮台)を経て日本陸軍第2師団用地となり、戦後占領期進駐軍のキャンプ・センダイとして使用された。1957年(昭和32年)に東北大学に移管され、翌年から川内キャンパスとして利用された。当初は進駐軍が建てた建物をそのまま研究室や講義室などとして利用していたが、1960年代後半から1970年代にかけて建て替えを進めた。〕など学内を通過する予定の東北大学が難色を示していた。そのため(都)川内旗立線の建設が前提であるモノレール南西線構想は進まず、市幹部からは「大学さえ了承してくれれば、市道とモノレールはすぐにも着工できる。」との発言もあった。
1991年(平成3年)3月、地下鉄東西線とJR仙石線との相互直通運転に対するJR側負担分の資金調達、および、モノレール南西線・地下鉄東西線の採算性の双方に困難があるとして、石井亨仙台市長(当時)が市の構想分の断念を発表した〔〔〔住民監査請求 監査結果 「地下鉄東西線」に係る監査請求 (仙台市)〕。代わって、採算に困難があるとされ頓挫していた、六丁の目新交通システム構想と連動した八木山駅 - 六丁の目駅間の東西交通軸を検討すると発表した〔〔。すると、仙台市都心部においては青葉通の地下を通して仙台駅に至り、東口側に出たら高架で宮城野通1990年全線供用開始)を通る形をとり、その他の区間は計画中あるいは整備中のいくつかの都市計画道路を高架で通る路線が検討された。また、長期的な将来構想としては茂庭台団地から仙台港〔に至る路線とした〔。
茂庭台から愛子駅までの将来構想はここで失われることになるが、そもそもモノレール南西線が仙山線と比べて仙台駅までの所要時間短縮に繋がらず、運賃もより高い見込みであったこと、仙台市への編入合併により旧宮城町内の全駅が特定都区市内になって運賃的なメリットがあったこと、1984年(昭和59年)より仙山線仙台駅 - 愛子駅間(、単線営業キロ:15.2km)に区間列車が設定されたことで同区間で利用できる普通列車平日本数が、1982年(昭和57年)には上り10本/下り10本(仙台駅発終電:21時18分)だったのが、1991年(平成3年)には上り44本/下り42本(仙台駅発終電:23時52分)と急増していたこと〔(東北大学鉄道研究会)〕(2015年時点では上り54本/下り51本、仙台駅発終電:24時02分、所要時間:18-32分、運賃:320円)〔愛子駅 仙山線 仙台方面(上り)平日 (JR東日本)〕〔仙台駅 仙山線 作並・山形方面(下り)平日 (JR東日本)〕、都心部に直結する自動車専用道路国道48号仙台西道路愛子盆地に延長された形の愛子バイパスが1990年(平成2年)3月に供用開始されたことなどもあり、構想復活には至らなかった。その一方、構想消滅から約1年後の1992年(平成4年)4月には、宮城県、山形県、仙台市、山形市JR東日本東北地域本社(当時)の5者により「仙山線輸送強化研究会」が発足し、10月には第1回「仙山線機能強化研究会」の会合が開かれるなど、同地での公共交通政策の焦点は仙山線に移り、複線化を含めた改善策が話し合われた〔結局、仙山線の複線化は実現しなかった。2002年(平成14年)11月、5者に国土交通省も含めた「仙山線機能強化検討委員会」が仙台空港鉄道仙台空港線仙台空港アクセス線)への仙山線の乗り入れや、仙台駅 - 愛子駅間の能力強化のため両駅間にある列車交換が出来ない3駅にて行き違い施設の検討を目的に現地調査をするなど、複線化以外での機能強化を目指した。それらもほぼ実現せず、Suica導入(2003年)、山形県側まで含む周遊券仙台まるごとパス」の発行(2004年)、山形県の仙台空港鉄道への出資(2007年)、大都市近郊区間の設定(2014年)など、ソフト面での改善に留まった。〕。
1992年(平成4年)6月、東北大学は(都)川内旗立線〔の学内通過の受け入れ拒否を正式に市に伝えた。このため、1995年度(平成7年度)事業着手に向けて進めてきた(都)川内旗立線および新交通システム東西線は、川内から八木山までの区間において頓挫することになった。状況打破のため(都)川内旗立線の新ルートが検討されていた最中の1993年(平成5年)7月3日、今度は東西交通軸構想を牽引してきた石井〔石井は、仙台市地下鉄南北線の仙台空港までの延伸の可能性について市議会で何度も言及し、1992年(平成4年)8月に仙台空港アクセス鉄道がJR線分岐案に決定した後も、将来は地下鉄延伸が必要と発言するなど、東西交通軸のみならず軌道系公共交通機関の拡充に意欲を示してきた。〕がゼネコン汚職事件で逮捕されてしまった。同年8月22日に新市長に就任した藤井黎は、このような中でも構想を進めた。
1994年(平成6年)、東北大学は(都)川内旗立線および新交通システムの新ルート〔(都)川内旗立線の新ルートは、仙台二高前交差点を起点として、東北大学川内キャンパスの北縁に沿って西に進み、青葉山キャンパスの工学部の敷地を横断して竜口峡谷を渡り、仙台市立八木山動物公園を通って動物公園前交差点に至る。同交差点以遠は従前と同様。〕による学内通過を受け入れた。また、1995年(平成7年)9月27日には今後の協議内容〔(都)川内旗立線に関する協議内容の1つ目は、建設に伴ってキャンパス面積が減少することへの対策。2つ目は、約3万台と見込まれる自動車交通量により生じる騒音大気汚染の対策。3つ目は、キャンパス周辺の自然環境への対策。4つ目は、道路建設や開通後の大量の自動車交通により人工的な振動が生まれるため、地震予知・噴火予知観測センターの地震動観測が困難になる場合の対策。〕も含めて文書化し、市に提出した。同年度から市は、新しい中量軌道輸送システムであるリニア地下鉄(最急勾配60‰まで許可〔)〔1990年(平成2年)3月20日大阪市営地下鉄鶴見緑地線(現・大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線)が、初のミニ地下鉄(リニアモーター地下鉄)として開業した。〕での検討も開始。1996年(平成8年)には市長が東西線の事業化に向けて検討すると表明した〔。2000年(平成12年)3月、道路新設を伴わなくてもよく、モノレール並みに急勾配を上り下り出来るリニア地下鉄を導入機種とすること、および、ルートを決定〔。2005年(平成17年)7月31日、(新)地下鉄東西線が争点となった市長選において、建設推進を公約とした梅原克彦が当選。同年8月10日に「仙塩広域都市計画 都市高速鉄道 第4号」(仙台市地下鉄東西線八木山動物公園駅 - 荒井駅、L=13.9km)として都市計画決定して着工した(2015年12月6日開通)。
結果的に、モノレール南西線は未成線となった。また、(都)川内旗立線(3環状12放射状線の「内環状線」の一部区間を構成)は、(新)地下鉄東西線新設の前提ではなくなったものの、同線の竜の口橋りょう鉄道道路併用橋として建設され、2層構造の上層に通す予定となっている〔都市計画道路川内旗立線整備事業に係る環境影響評価の実施状況 (仙台市)〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「仙台市営モノレール南西線」の詳細全文を読む




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