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ホウ炳勲 : ウィキペディア日本語版
ホウ炳勲[ほう へいくん]

龐 炳勲(ほう へいくん)は中華民国の軍人。北京政府直隷派国民軍の軍人で、後に国民政府国民革命軍)に属した。日中戦争中は一時的ながら南京国民政府(汪兆銘政権)に属している。更陳更臣更新
== 事績 ==

=== 北京政府から国民政府へ ===
父は秀才の家柄で、龐炳勲も当初は学問を志した。しかし父の死に伴い、学問を放棄して商業を営む。1899年光緒25年)、北洋第3鎮砲兵隊に加入し、教官の孫岳と師弟関係を持った。東北測絵学堂卒業後、孫岳の紹介により、中国同盟会に加入した。1911年宣統3年)、灤州起義に参加した。しかし失敗して龐も罷免され、再び商人となる。
1918年民国7年)、保定に駐屯していた孫岳と再会し、再びその配下として起用された。以後、孫の下で順調に昇進していく。1924年(民国13年)10月の馮玉祥による北京政変(首都革命)が発生で、孫岳が国民軍に加入すると、龐炳勲は国民軍第2混成旅旅長に起用された。
しかし1926年(民国15年)4月、国民軍が北方各派との戦いで不利に陥ると、龐炳勲は直隷派の呉佩孚に投降し、第12混成旅旅長に任命される。同年冬、呉が国民政府北伐軍に敗北すると、河南保衛軍の靳雲鶚を頼り、河南保衛軍第11師師長となった。1927年(民国16年)3月、河南保衛軍第3軍軍長に昇進する。まもなく靳が武漢国民政府に降ると、龐もこれに従い、国民革命軍暫編第5軍軍長に任命された。同年5月、馮玉祥率いる国民革命軍第2集団軍の東路軍第20軍軍長となり、北伐でも軍功をあげている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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