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ドレイク・ヤンガー : ウィキペディア日本語版
ドレイク・ヤンガー[ちょうおん]

ドレイク・ヤンガー(''Drake Younger'')のリングネームで知られるドレイク・ワーツ(''Drake Wuertz''、1984年9月10日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーインディアナ州インディアナポリス出身〔オンライン・ワールド・オブ・レスリング:ドレイク・ヤンガー 〕。
経歴の多くの部分をハードコア方面における活動に費やしている〔。
== 来歴 ==
インディアナ州都インディアナポリスに生を享け、やがてIWAミッドサウスに活躍したアメリカン・キックボクサーという名の元プロレスラーとイアン・ロッテンとからの訓練を受けたうえで、2003年の2月7日にIWAミッドサウスのマットを舞台にプロレスラーとしてのデビューを行った。〔
それからしばらくの間をIWAミッドサウスのマットに活動し、2006年―7月29日に開催されたコンバット・ゾーン・レスリング(CZW)トーナメント・オブ・デスの第5回大会に参戦。かくしてCZWのマットへとデビューするに至り、それからというもの、その経歴の大部分を通してIWAミッドサウスとCZWとを主戦場として活動してきた。〔
2006年の9月にIWAイーストコーストのデスマッチ選手権―マスターズ・オブ・ペインに参戦。第一回戦目でコーポラル・ロビンソンを相手に敗れ去った。〔ケージマッチ:IWAイーストコースト・マスターズ・オブ・ペイン2006 〕 それから間もなく―10月にCZWウルトラバイオレントアンダーグラウンド王座を獲得。〔タイトルの歴史 コンバット・ゾーン・レスリング
2007年にあっては、地元インディアナ州を舞台にIWAミッドサウスデスマッチ王座の初代獲得者となったうえ〔IWAミッドサウスデスマッチ王座の歴史 〕、2度目の参戦となったトーナメント・オブ・デスの第6回大会を制覇。〔トーナメント・オブ・デスの大会群の図録
2007年、ウエストサイド・エクストリーム・レスリング(wXw)というドイツのプロレス団体のマットへの参戦を始めた年でもあった。〔オンライン・ワールド・オブ・レスリング:ウエストサイド・エクストリーム・レスリング 〕 さっそくサムタック・ジャックとともに行ったそこでのデスマッチでは、カミソリの刃を取り付けた椅子ドリルノコギリ有刺鉄線ガラス、そして注射器などといった凶器の数々が飛び交うに至った。〔サムタック・ジャックの公式ウェブサイト:試合歴
ブレイン・ダメージの手へと渡っていたCZWウルトラバイオレントアンダーグラウンド王座を奪還してその幕を開けた2008年には、ニック・ゲージの保持下にあったCZWのヘビー級王座の奪取に一度は失敗するも、そのCZWの『ア・タングルド・ウェブ』と題された大会において、ついにはゲージを破ると同時にこの王座を戴冠。〔オンライン・ワールド・オブ・レスリング:コンバット・ゾーン・レスリング(2008年) 〕 年内にさっそくラッカスからの挑戦を撃退した。〔
2009年にはドイツ、wXwのマットを舞台にダニー・ハボックからのこの王座への挑戦を撃退。このハボック相手の防衛戦は、観客持参の凶器を交えたデスマッチになる予定であったが、地元の警察によって未然に阻止されてしまった。〔 同日に開幕したwXwのデスマッチ選手権大会―ゴアフェストにあっては、サミ・カリハンを下して準決勝まで進出し、ダニー・ハボックサムタック・ジャックヘイトという面子で行ったバトルロイヤル戦で敗れたものの、更に組まれた一戦におけるCZWヘビー級王座のデボン・ムーアからの防衛に成功した。〔ケージマッチ:wXwゴアフェストⅡ
日本へ行きたい。特に大日本プロレスへ行きたいとしきりに述べている。米国のインディプロレス界で若きにありながら多くのことを成し遂げてきた状態にあって、それが自身に残された最大の目標なのであるという。〔シカゴ・プロ・レスリング・イグザミナーによる2009年8月20日のインタビュー 2011年一騎当千DEATH MATCH SURVIVORで念願の大日本プロレス参戦を果たし、以降も2012年7月にBJW認定デスマッチヘビー級王座戦でアブドーラ小林に挑戦するなど、数回来日している。
2013年WWEと契約を交わして入団。傘下団体であるNXTに本名名義でレフェリーとして活動している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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