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蘇我娼子 : ミニ英和和英辞書
蘇我娼子[そがのしょうし]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [われ, が]
 【名詞】 1. me 2. oneself 3. self 4. ego 
: [こ, ね]
 (n) first sign of Chinese zodiac (The Rat, 11p.m.-1a.m., north, November)

蘇我娼子 : ウィキペディア日本語版
蘇我娼子[そがのしょうし]
蘇我 娼子(そがのしょうし/そがのまさこ、生没年未詳)は飛鳥時代後期の蘇我氏の女性。「娼子」という名前は『尊卑分脈』に依る物で、『公卿補任』では蘇我 媼子(そがのおんし/そがのおうなこ)と書かれている。
== 略歴 ==
天武朝末期頃に藤原不比等に嫁ぎ、武智麻呂房前宇合の三男を儲けた(但し、宇合については武智麻呂、房前と生年が離れるため、疑問を呈する意見も根強い)。大宝元年(701年)頃に不比等と再婚した県犬養三千代について『続日本紀』に「(不比等の)後妻」と書かれていることから、娼子は藤原不比等の最初の正室で大宝元年までには死去したことが分かる。しかし、『日本書紀』などの同時代史料には全く記載がないため、事績には不明の点が多い。
壬申の乱以後、蘇我氏は退潮が著しかったとはいえ、これまた当時没落豪族だったと推定される藤原不比等に嫁いだという状況から、彼女の周囲にも厳しい背景があったことが容易に推測できる。しかし、蘇我氏の血縁にあった持統天皇(大叔父蘇我倉山田石川麻呂の外孫にあたる)が即位するに及び、不比等が取り立てられたのには彼女の存在があったからと考えられている。また後年、藤原仲麻呂石川年足を取り立てたのも彼女の血縁による物とされている。
結局、蘇我氏(石川氏)自体はその血を引いていた天武天皇の皇統断絶等もあって、姿を消す事となった為、女系ながらも彼女が藤原氏を通して、その血統を現在まで伝える事となった。なお彼女の他に蘇我氏の血を残したのは、時代を遡り蘇我稲目の娘である蘇我堅塩媛のみである。その系統は蘇我堅塩媛―桜井皇子吉備姫王皇極天皇天智天皇今上天皇となる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「蘇我娼子」の詳細全文を読む




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