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石川安麻呂 : ミニ英和和英辞書
石川安麻呂[いしかわ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こく, いし]
 【名詞】 1. volume measure (approx. 180l, 5 bushels, 10 cub. ft.) 
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [あさ]
 【名詞】 1. flax 2. linen 3. hemp 
麻呂 : [まろ]
 【名詞】 1. (1) (arch) you 2. (2) (person having) thin or shaved eyebrows

石川安麻呂 ( リダイレクト:蘇我安麻呂 ) : ウィキペディア日本語版
蘇我安麻呂[そが の やすまろ]
蘇我 安麻呂(そが の やすまろ、生没年不詳)は、飛鳥時代後期の貴族。名前は安麻侶安摩侶〔『日本書紀』「天武天皇紀」上〕とも書かれる。大紫蘇我連子の子。子に石川石足がいる。官位は小花下・少納言
== 経歴 ==
天智天皇4年(671年)に天智天皇が病気によって重態となった際、大海人皇子(後の天武天皇)を病床に呼ぶための使者を務める。しかし、安麻呂は以前より大海人皇子と親しくしていたことから、「有意ひて言へ」(よく注意してお話なさいませ)と大海人皇子に忠告した。この安麻呂の一言により、大海人皇子は天智天皇からの譲位の申し出を辞退して出家し、吉野に脱出することができたという〔『日本書紀』天智天皇4年10月17日条,同19日条〕。
他の蘇我氏一族である蘇我赤兄蘇我果安らが大友皇子側に付いたのとは対照的な行動であり、天武天皇の命の恩人とも言える。この功労にもかかわらず、天武朝にて重用されるどころか、その後全く史料に安麻呂の名が見えず、没年も未詳である。なお、子息の石川石足の死亡記事によると、安麻呂の官位は少納言小花下と見える〔『続日本紀』天平元年8月9日条〕。小花下は天智天皇3年(664年)以前の冠位制度に基づいた名称であることから、壬申の乱後幾ばくも経たない頃に早世したと考えられる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「蘇我安麻呂」の詳細全文を読む




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