翻訳と辞書
Words near each other
・ 田村翔子 (バレーボール)
・ 田村翔子 (モデル・女優)
・ 田村翔梧
・ 田村耕太郎
・ 田村聖子
・ 田村育子
・ 田村能里子
・ 田村良太
・ 田村良平
・ 田村花恋
田村芳朗
・ 田村芽実
・ 田村英一
・ 田村英樹
・ 田村英里子
・ 田村茂
・ 田村荘
・ 田村荘 (大和国山辺郡)
・ 田村荘 (大和国添上郡)
・ 田村荘 (陸奥国)


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

田村芳朗 : ミニ英和和英辞書
田村芳朗[たむら よしろう]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [むら]
 【名詞】 1. village 

田村芳朗 : ウィキペディア日本語版
田村芳朗[たむら よしろう]
田村 芳朗(たむら よしろう、1921年4月11日 - 1989年3月20日仏教学者法華宗の僧侶。千葉県長生郡長生村浄教寺住職を務めた。東京大学文学部インド哲学仏教学研究室「日本仏教思想講座」を設けた。
== 経歴 ==
大阪市生まれ。1943年第三高等学校卒、東京帝国大学文学部梵文学印度哲学入学、12月応召入隊、46年復員、49年卒業、54年大学院(旧制)修了、56年東洋大学文学部助教授、62年「鎌倉新仏教の研究」で東洋大学文学博士。65年教授、70-71年文学部長、72年東大文学部教授、82年定年退官、立正大学仏教学部教授。86年紫綬褒章受章。在任中死去。〔「田村芳朗先生年譜・著述論文目録 (田村芳朗先生追悼号) 『大崎学報』1989-11〕
本覚思想研究(中世仏教史の主軸だった教義)や、日本仏教史での法華経研究(とりわけ日蓮)の第一人者であった。『法華経』(中公新書)のまえがきで、在学中に学徒出陣により戦場を『法華経』のみを携え、激戦を渡った事が原点であったと回想している。弟子の一人に末木文美士がいる。
晩年には、『岩波仏教辞典』の編纂にも当たった(岩波書店、1989年)。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「田村芳朗」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.