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源高実 : ミニ英和和英辞書
源高実[みなもとこうみのる]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [みなもと, げん]
 【名詞】 1. source 2. origin 
: [たか]
 【名詞】 1. quantity 2. amount 3. volume 4. number 5. amount of money 
: [み, じつ]
 【名詞】 1. fruit 2. nut 3. seed 4. content 5. good result 

源高実 : ウィキペディア日本語版
源高実[みなもとこうみのる]
源 高実(みなもと の たかざね)は平安時代中期から後期にかけての貴族醍醐源氏但馬守源高房の長男。官位正四位下阿波守
== 経歴 ==
後冷泉天皇の治世下にて蔵人に補任され、承暦元年(1077年)以前に伯耆守に任ぜられる〔『水左記承暦元年12月5日条。〕〔『中右記嘉承元年5月23日条。〕。応徳3年(1086年)には越前守と見え、その後にも康和4年(1102年)頃に讃岐守長治元年(1104年)に阿波守〔『中右記長治元年10月14日条。〕と、主に各国の受領を務め上げた。越前守在任中の応徳3年(1086年)には、越前国大野郡牛原荘荒地二百余町を醍醐寺圓光院に寄進している。また、同年に堀河天皇即位した際には、その即位儀において右大将代を務めた。
寛治元年(1087年)には院昇殿を聴されている〔『為房卿記寛治元年4月7日条。〕。位階は、寛治2年(1088年)に従四位下に叙せられ〔『中右記寛治2年正月19日条。〕、寛治6年(1092年)にはさらに従四位上に昇叙〔『後二条師通記寛治6年正月5日条。〕。康和5年(1103年)正四位下に至った〔『中右記康和5年正月6日条。〕。この間の承徳2年(1098年)中宮亮を兼任している〔『中右記承徳2年4月2日条。〕。中宮御堂の造営を命ぜられたが、嘉承元年(1106年)5月23日、造営の途中で61歳にして卒去。最終官位は正四位上阿波守兼中宮亮。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「源高実」の詳細全文を読む




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