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永享の乱 : ウィキペディア日本語版
永享の乱[えいきょうのらん]

永享の乱(えいきょうのらん)は、室町時代永享10年(1438年)に関東地方で発生した戦乱。鎌倉公方足利持氏関東管領上杉憲実の対立に端を発する、室町幕府6代将軍足利義教が持氏討伐を命じた事件、戦いである。
== 経緯 ==

=== 対立の図式 ===
室町幕府は南北朝時代に関東統治のため鎌倉府を設置していた。この鎌倉府は足利氏出身の鎌倉公方とこれを補佐する上杉氏出身の関東管領に指導されていた。関東管領の補任権は幕府が握っていた(実際の補任(任命)時には鎌倉公方の意向が認められていたが、幕府は当然これをいつでも否認することが出来た)〔黒田基樹「関東管領上杉氏の研究」(黒田編著『シリーズ・中世関東武士の研究 第一一巻 関東管領上杉氏』(戒光祥出版、2013年)ISBN 978-4-86403-084-7)〕。更に上杉禅秀の乱(後述)後に、山内上杉家が関東管領を独占するようになったが、山内上杉氏は関東の他に越後に広大な所領を有しており、更に分家は越後守護となっていた(越後上杉氏)。越後の山内上杉氏領と越後上杉氏は室町幕府の管轄下にあり、幕府は越後の所領安堵権及び守護補任権・関東管領補任権を利用して関東管領=山内上杉氏を支配することが可能であった〔植田真平「山内上杉氏と越後上杉氏」(黒田基樹 編著『シリーズ・中世関東武士の研究 第一一巻 関東管領上杉氏』(戒光祥出版、2013年)ISBN 978-4-86403-084-7)〕。このため、関東管領は室町幕府の意向に従う存在となり、鎌倉公方と関東管領はしばしば対立していた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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