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武蔵野鉄道デハ5570形電車 : ミニ英和和英辞書
武蔵野鉄道デハ5570形電車[くるま]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [そう, くら, ぞう]
 【名詞】 1. warehouse 2. cellar 3. magazine 4. granary 5. godown 6. depository 7. treasury 8. elevator
: [の]
 【名詞】 1. field 
: [てつ]
 【名詞】 1. iron 
鉄道 : [てつどう]
 【名詞】 1. railroad 
: [けい, かたち, ぎょう]
  1. (suf) shape 2. form 3. type
電車 : [でんしゃ]
 【名詞】 1. electric train 
: [くるま]
 【名詞】 1. car 2. vehicle 3. wheel 

武蔵野鉄道デハ5570形電車 ( リダイレクト:武蔵野鉄道モハ5570形電車 ) : ウィキペディア日本語版
武蔵野鉄道モハ5570形電車[むさしのてつどうもは5570がたでんしゃ]

武蔵野鉄道モハ5570形電車(むさしのてつどうモハ5570がたでんしゃ)〔「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 1」 (1969) pp.72 - 73〕〔「西武鉄道 時代を築いた電車たち」 (1992) p.154〕〔『私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道 2』益井茂夫 (1960) p.42においては、本形式の当初の形式称号を「デハ5570形電車」としている。〕は、西武鉄道の前身である武蔵野鉄道が、同社最後の新製発注車両として〔1942年昭和17年)〔に導入した通勤形電車である。
== 概要 ==
昭和初期の武蔵野鉄道は、大恐慌に端を発する沿線人口の伸び悩みや、需要に対して過大な設備投資を行ってきたことに起因する経営不振に陥り〔、車両の増備も1928年(昭和3年)6月以降凍結されていた〔。太平洋戦争の開戦前後より苦しい経営状況を脱し〔、増加しつつあった利用者に対応するため1940年(昭和15年)4月〔「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 1」 (1969) p.73〕から同年11月にかけて〔制御車クハ5855形・5860形電車7両が約12年ぶりの新車として導入された〔。モハ5570形電車(以下「本形式」)は前掲2形式に次ぐ増備車両として1942年(昭和17年)9月〔にモハ5571 - 5574の4両が木南車輌製造で新製されたものである〔〔。後述の通り、本形式は間接非自動制御(HL制御)仕様で設計・製造され〔監督局 第2674号 武蔵野鉄道 電動客車設計ノ件〕、そのため形式称号ならびに車両番号(以下「車番」)は武蔵野鉄道においてHL制御の車両を表す5000番台に区分された〔「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 1」 (1969) p.71〕〔本形式が落成した当時の武蔵野鉄道に在籍する車両は、電化開業当初から採用されたゼネラル・エレクトリック (GE) 社製Mコントロールの系譜に属する電空カム軸式の自動進段式制御装置RPC-101を搭載する車両群と、ウェスティングハウス・エレクトリック (WH) 社開発の間接非自動制御(HL制御)装置を搭載するデハ5550形電車デハ5560形電車に区分され、両者の混用(併結運転)は不可能であったことから、前者を100 - 3000番台に、後者を5000番台にそれぞれ区分して混用防止策とした。〕。
もっとも、本形式の落成時期は太平洋戦争激化に伴う物資不足が生じつつあった時期と重なっていたことから電装品の手配が大幅に遅延し〔、本形式は1943年(昭和18年)3月23日付の設計変更認可〔軌統 第630号〕をもって電動車から制御車へ設計変更され〔、クハ5570形5571 - 5574として運用された〔〔「私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道 2」 (1960) p.42〕〔ただし、『私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道 2』益井茂夫 (1960) p.42においては、1943年(昭和18年)4月より順次電動車化改造が実施され、翌1944年(昭和19年)には全車の電装が完了、未認可のまま電動車として運用されたとしている。もっとも、戦中から戦後間もなくにかけての混乱期では設計変更や竣功に関する関係省庁への届出が事後承諾の形で行われることが珍しくなく、例えば南海電気鉄道においては木造車体の鋼体化改造および改番を未認可・未届で実施し、その後同車が戦災により被災焼失したことから書類上は木造車体・原番号のまま被災したという扱いで処理された車両も存在した。〕。
太平洋戦争終戦後の1945年(昭和20年)9月22日付〔「総説 西武鉄道」 (1992) p.10〕で、武蔵野鉄道は(旧)西武鉄道を吸収合併して(現)西武鉄道が成立したが〔〔合併当初の社名は「西武農業鉄道」であり、現社名への改称は翌1946年(昭和21年)11月15日付で実施された。〕、同時期の利用客増加に伴って保有する電動車のみでは車両不足を来たし〔陸運管理局 第568号 西武鉄道客車設計変更について〕、本形式を落成当初の計画通り電動車に改造することとなった〔〔。1947年(昭和22年)4月21日付の設計変更認可〔によって全車とも電動車化されて〔モハ5570形5571 - 5574と改称〔、さらに1948年(昭和23年)6月の西武鉄道に在籍する全車両を対象に実施された一斉改番に際してはモハ301形302・301・303・304と改称・改番された〔。
本形式は終始池袋線系統に配属されて他形式の制御車および付随車を編成中間に組み込んだ4両編成を組成し〔、主に急行・準急といった優等列車運用に充当され〔、1964年(昭和39年)3月まで在籍した〔〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「武蔵野鉄道モハ5570形電車」の詳細全文を読む




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