翻訳と辞書
Words near each other
・ 乙子城
・ 乙子狭姫
・ 乙字ケ滝
・ 乙字湯
・ 乙宝寺
・ 乙宮神社
・ 乙宮神社 (新上五島町小河原郷)
・ 乙宮神社 (新上五島町立串郷)
・ 乙寶寺
・ 乙屈利失乙毗可汗
乙屈利失乙毘可汗
・ 乙島
・ 乙島 (倉敷市)
・ 乙島村
・ 乙島祭り
・ 乙川
・ 乙川ミキ
・ 乙川優三郎
・ 乙川弘文
・ 乙川村


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

乙屈利失乙毘可汗 : ミニ英和和英辞書
乙屈利失乙毘可汗[おつ, きのと]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [おつ, きのと]
  1. (adj-na,n) 2nd in rank 2. second sign of the Chinese calendar
: [り]
 【名詞】 1. advantage 2. benefit 3. profit 4. interest 
: [か]
  1. (n,n-suf) passable 

乙屈利失乙毘可汗 : ウィキペディア日本語版
乙屈利失乙毘可汗[おつ, きのと]
乙屈利失乙毘可汗呉音:おちくちりしちおちびかがん、漢音:いつくつりしついつひかかん、拼音:Yǐqūlìshīyǐpíkĕhàn、? - 640年)は、西突厥可汗沙鉢羅咥利失可汗の子。乙屈利失乙毘可汗というのは可汗号で、姓は阿史那氏、名は不明。『旧唐書』では莫賀咄乙毘可汗(ばくかとついつひかかん、バガテュル・イビル・カガン)と表記。
== 生涯 ==
貞観13年(639年)、沙鉢羅咥利失可汗(イシュバラ・テリシュ・カガン)配下の吐屯俟利発(トゥドゥン・イルテベル:官名)が乙毘咄陸可汗(イビル・テュルク・カガン)と密通し造反したので、沙鉢羅咥利失可汗は拔汗那(フェルガーナ)国に逃れたが死去した。国人はその子を立てて乙屈利失乙毘可汗としたが、翌年(640年)になって死去した。そこで、弩失畢部の酋帥は沙鉢羅咥利失可汗の弟の伽那設(カーナー・シャド Kānā Šad)の子である薄布特勤(畢賀咄葉護 バガテュル・ヤブグ)を迎え、乙毘沙鉢羅葉護可汗(イビル・イシュバラ・ヤブグ・カガン)とした。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「乙屈利失乙毘可汗」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.