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三越伊勢丹ホールディングス : ミニ英和和英辞書
三越伊勢丹ホールディングス[みつこしいせたんほーるでぃんぐす]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [み]
  1. (num) three 
三越 : [みつこし]
 【名詞】 1. Mitsukoshi (department store) 
伊勢丹 : [いせたん]
 【名詞】 1. Isetan (department store) 
: [はずみ]
 【名詞】 1. (1) bounce 2. spring 3. rebound 4. (2) momentum 5. inertia 6. (3) spur of the moment
: [たん, に]
 【名詞】 1. red 2. red earth 
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

三越伊勢丹ホールディングス : ウィキペディア日本語版
三越伊勢丹ホールディングス[みつこしいせたんほーるでぃんぐす]

株式会社三越伊勢丹ホールディングス(みつこしいせたんホールディングス)は、日本の百貨店の純粋持株会社。同社傘下として三越伊勢丹関東地方の店舗を運営)をはじめとする各地方の百貨店運営会社などを所有している。
日本国内にある政令指定都市のほぼすべてに出店しているほか、世界進出でも長い歴史を持ち、成功している。同社発足により売上高・規模で日本の百貨店業界首位となり、以降、現在までその座を手放していない。
百貨店業界第5位につけながらも低迷している東京急行電鉄(傘下の東急百貨店)と業務提携し、経営支援していたが、2015年3月末で提携を解消している〔。
登記上の本店は東京都中央区銀座四丁目の銀座三越所在地だったが、2011年6月に実際の本社機能の所在地(伊勢丹新宿本店パークシティイセタン2内)である東京都新宿区新宿五丁目に変更している。
なお社名と英語表記とでは、三越伊勢丹との前後順序が逆になっている(同じ例は三井住友銀行三菱東京UFJ銀行などにもある)が、子会社名の中には「エムアイカード」など三越を先に表記するものがある。ロゴマークは英字表記順通り「i」と「m」の字を組み合わせたもの。
== 来歴 ==
景気低迷期であったはずの1990年代に、独自のマーチャンダイジング(MD)で躍進した新興の伊勢丹が、日本最古の百貨店でありながら、資本増強に苦しんでいた三越を取り込む形で経営統合。2008年4月1日株式移転により純粋持株会社として発足した。
伊勢丹は長らく同族企業(創業家小菅家)であったが、改革を掲げた当時の世襲経営者がメインバンクとの関係を薄めたのを機に乗っ取り屋に狙われるなどした事件が起き〔万事首尾よく進めば、伊勢丹はイトーヨーカドー(現在はセブン&アイ・ホールディングス傘下)の子会社になっていたはずであった。〕、1993年退任とともに完全に世襲を排した。新宿本店の「解放区」といった過激なMDが実を結ぶのはそのあとである〔百貨店業は別名場所貸し業と同じといわれ、従前から古い付き合いのある出入り業者に漫然と売り場(買い場)を提供するというやり方が現在も続いている。百貨店没落の要因である。しかし伊勢丹新宿店だけは店舗独自の自主企画として、ブランドができたばかりでも、若くて実績がなくても「良いもの」であればどんどん売り場に並べていき売っていった。これが解放区である。売れ残りリスクはすべて伊勢丹が被ることから、バイヤーの“目利き”に絶対の自信がなければできないことである。これで成功していったのは若き藤巻幸大を筆頭とするカリスマ・バイヤーたちであり、世に送り出されたブランドとして「anna sui」がある。〕。三越(越後屋呉服店)は三井財閥の源流である名門企業であり〔統合後の三越伊勢丹ホールディングスもまた三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合である月曜会に加盟している。〕、両社はかなり異なった企業体質を持っていた。ただし、慶應義塾大学学閥が強いことで共通していた。
相互にメインバンクが異なる両社を統合したのはホールディングス代表取締役会長兼最高経営責任者の武藤信一であったが、統合後2年経たない2010年1月に急逝した。
その後、後継と目されていた実力者・二橋千裕は、当時業務提携を結んでいた東急百貨店の社長に転出し、事実上放逐された(2015年3月まで専務執行役員として当社に籍を残していたが、提携終了に伴い退任〔【総合】二橋社長「退路断ち、社の発展に」 - 繊研PLUS・2015年3月13日〕)。会長の座には橋本幹雄が就いたが代表権は与えられない。武藤は実際には異なる人物を後継として指名したとされる。
== 沿革 ==
* 2008年4月1日 - 共同株式移転により、株式会社三越伊勢丹ホールディングス設立(株式移転比率は、HD株:伊勢丹株=1:1、HD株:三越株=1:0.34)
* 2009年5月29日 - 子会社として株式会社札幌丸井今井と株式会社函館丸井今井の2社を設立(6月29日に丸井今井から事業譲受し、8月1日事業開始)
* 2009年10月 - 岩田屋との間で株式交換を実施し、岩田屋を完全子会社化。同時に福岡証券取引所に上場(岩田屋の上場廃止による代替措置)
* 2010年1月6日 - 統合をなしとげた会長武藤信一が死亡。
* 2010年1月10日 - 武藤信一が闘病していたこと、および死亡していたことは厳重に隠されていたが、この日に初めて公表した。同時に新経営体制発足。
* 2010年4月1日 - 三越8店舗(札幌、仙台、新潟(「株式会社新潟三越伊勢丹」へ統合)、名古屋、広島、高松、松山、福岡)を地域店舗運営子会社8社に事業譲渡。
* 2010年10月1日 - 岩田屋が福岡三越を吸収合併し、「株式会社岩田屋三越」が発足。
* 2011年4月1日 - 関東地区の店舗運営会社を「株式会社三越伊勢丹」として統合。札幌丸井今井が札幌三越を吸収合併し、「株式会社札幌丸井三越」が発足。
* 2011年5月4日 - JR大阪駅大阪ステーションシティノースゲートビルディング)に「JR大阪三越伊勢丹」(運営はジェイアール西日本伊勢丹)が開業。
* 2013年10月30日 - 伊勢丹のショッピングバッグ等で使用していたタータンチェック柄を55年ぶりに「マクミラン/イセタン」柄にリニューアル〔伊勢丹があの"タータンチェック"をリニューアル - 明るい緑色を採用 マイナビニュース 2013年9月19日〕。
* 2014年4月1日 - 三越の紙袋のデザインを57年ぶりに変更。図柄は友禅柄で人間国宝の森口邦彦による〔三越も紙袋一新 57年ぶり、「友禅」柄 東京新聞 2014年2月28日〕。
* 2016年3月9日 - JR名古屋駅前・大名古屋ビルヂングに、三越伊勢丹ホールディングスの店舗「イセタンハウス」がオープンした。地下1階~地上2階の商業ゾーンの中核テナントとなる見込み〔三越伊勢丹、名古屋駅前に出店 三菱地所開発の高層ビル - 47NEWS(よんななニュース) 2014年2月24日(2014年2月25日閲覧)〕〔プレスリリース151209 大名古屋ビルヂング 2015年12月9日(2015年12月10日閲覧)〕〔三越伊勢丹グループの新業態中型ファッションセレクトストア<イセタンハウス> 大名古屋ビルヂングに3月9日(水)オープン ~フロアの概要やブランドラインアップなどをお知らせいたします~ 三越伊勢丹ホールディングス 2016年1月22日(2016年1月25日閲覧)〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「三越伊勢丹ホールディングス」の詳細全文を読む




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