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三笠紀 : ミニ英和和英辞書
三笠紀[みかさ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [み]
  1. (num) three 
: [かさ]
 【名詞】 1. (bamboo) hat 2. shade 

三笠紀 ( リダイレクト:ミカサフミ ) : ウィキペディア日本語版
ミカサフミ[き]
ミカサフミ』(漢字表記は三笠山紀)は、『ホツマツタヱ』と同様のヲシテ(神代文字のひとつとされる)を使い五七調の長歌体で記され、全64アヤ(章)で記述された日本古文書である(ホツマツタヱの項参照)。現在9アヤ(章)が再発見されている。2012年(平成24年)12月に新たに「ミカサフミ ワカウタのアヤ」が新発見された。
== 概要 ==
ミカサフミは景行53年8月1日、ホツマツタヱと同時にオシロワケ(景行天皇)に上呈され、その編纂は中臣氏の祖オオカシマ(クニナツ)と序文にある〔松本善之助監修・池田満編 校註『ミカサフミ・フトマニ』展望社(ホツマ刊行会 ) 1999/11 ISBN 4-88546-023-9〕〔吾郷清彦『日本建國史 全訳・ホツマツタヱ』 國書刊行会(株)新國民社 1980/02〕。厳密には成立時期は不詳であり、ホツマツタヱと同様に確実に遡ることが可能なのは江戸時代までである。江戸時代和仁估安聡(わにこやすとし)によって書写されたもので、現在発見されている文献は1973年に松本善之助ならびに研究者によって和仁估安聡漢訳文付の序文及び8アヤ(章)が再発見された。その後、龍谷大学大宮図書館において、同氏らによって溥泉(ふせん)旧蔵書の中から『ミカサフミ トシウチニナスコトノアヤ』が再発見された。
この再発見の経緯については、『ホツマツタヘ‐秘められた日本古代史』〔松本善之助『ホツマツタヘ‐秘められた日本古代史』毎日新聞社 1980/07 ISBN 4-620-30724-6〕『ホツマツタヘ 続‐秘められた日本古代史 (2)』〔『ホツマツタヘ 続‐秘められた日本古代史 (2)』毎日新聞社 1984/01 ISBN 4-620-30275-9〕『よみがえる日本語』〔池田満監修 青木 純雄・平岡憲人著『よみがえる日本語-ことばのみなもと「ヲシテ」』明治書院 2009/05 ISBN 4-625-63407-5〕など、ホツマツタヱ関連書籍に詳しい。
。しかしながら、ヲシテを縄文時代から日本で流通していた文字で、その文書もその当時の記録であり、記紀こそがその文書から制作・創作されたとする研究もある〔池田満『ホツマツタヱを読み解く』 展望社 2001/11 ISBN 4-88546-083-2〕。
ヲシテ研究者によると『古事記』『日本書紀』とホツマツタヱ・ミカサフミの同内容の箇所を精密に照合することによって、記紀の原書である事が認められる文献であると主張されている。原文および記紀との照合は、『校註ミカサフミ・フトマニ』〔および『定本ホツマツタヱ』〔池田満=校訂・編集『定本 ホツマツタヱ』 展望社(ホツマ刊行会)2002/03 ISBN 4-88546-086-7〕、『記紀原書ヲシテ(下巻)』〔池田満・著『記紀原書ヲシテ 下巻』展望社(ホツマ刊行会)初版 平成16年(2004年)8月1日 ISBN 4-88546-116-2 ISBN 978-4-88546-116-3〕によって、一般へ提示されているが、原本の写真版による復刻はなされていない。
日本ヲシテ研究所では残りの『ミカサフミ』などのヲシテ文献を探しており、日本ヲシテ研究所〔に連絡するよう求めている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ミカサフミ」の詳細全文を読む




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