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ロボジッツの戦い : ミニ英和和英辞書
ロボジッツの戦い[ろぼじっつのたたかい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いくさ]
 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight 
戦い : [たたかい]
 【名詞】 1. battle 2. fight 3. struggle 4. conflict 

ロボジッツの戦い : ウィキペディア日本語版
ロボジッツの戦い[ろぼじっつのたたかい]

ロボジッツの戦いSchlacht bei Lobositz)は、1756年10月1日プロイセン軍とオーストリア軍との間で行われた七年戦争における会戦である。プロイセン軍が勝利した。
== 背景 ==
七年戦争の開始後、フリードリヒ大王率いるプロイセン軍はザクセンに攻め込み、ピルナにおいてにザクセン軍を包囲した(ピルナ包囲戦)。包囲の間にもプロイセン軍はベーメンに向けて進軍を続け、ピルナから南下したブラウンシュヴァイク公子フェルディナントの指揮する前衛部隊は9月13日、ノレンドルフペータースヴァルトヴィートの小規模なオーストリア軍部隊を排除してベーメンに入った。大王はさらにカイトに主力部隊を預けてフェルディナント公子の後を追わせ、カイトはアウシヒに進出、ここからまたマンシュタイン支隊を送ってエルベ右岸テシェンを占領し、エルベ川両岸を制圧してオーストリア軍を寄せ付けない態勢を整えた。
一方のオーストリア軍では、ベーメンのコリンに軍を集結中であったブラウンがベーメン方面の最高指揮官に任じられ、コリンから西に移動して9月20日〔Asprey, 1986, p.430。23日とするものもあるが、今これに従う。〕エーガー川南岸のブディンに陣を敷き、とりあえずプロイセン軍のプラハ方面への進撃を阻止する態勢を取った。しかしこれ以上の積極的な作戦を行うために必要な砲、馬匹、食糧、浮橋等々の準備が間に合わず、ここでブラウンは一旦停止した。
ベーメンを守りつつ同時にザクセン軍を救援するという難題を背負わされたブラウンは、はじめ、エルベ川西岸を全力をもって北上してプロイセン軍を撃退、オーストリア軍が接近したらザクセン軍も呼応して封鎖を突破し、オーストリア軍に合流するという作戦を考えていた〔Asprey, 1986, p.430。〕。しかしザクセン軍から実行は難しいと返答され、ブラウンは作戦を変更した。それは、主力部隊でもって西岸のプロイセン軍を拘束し、一方でエルベ東岸に渡した別働隊をザクセンに向かわせ、接近したらザクセン軍を東岸に渡らせて合流するというもので、こちらはザクセン軍の了解を得た。
9月25日、ブラウンは救援軍を構築するためラシ支隊をエルベ東岸ライトメリッツに派遣した。が、9月30日に主力部隊がエーガー川を渡河するころにはプロイセン軍の予想以上に早い南下のため一両日中の会戦が避けられない情勢となり、ブラウンは作戦を急遽変更して結局ラシを西岸に呼び戻した。30日夕刻、ブラウン軍はラシと合流してエルベ川屈折部ロボジッツに布陣した。
このあいだ大王は、ブラウン軍の北上を阻止すべくピルナからベーメンに移り、9月28日にカイトの陣営のあるヨーンスドルフに到着して軍を掌握していた。29日、大王は前衛部隊とともに本隊に先行して進発し、アウシヒの南にある山を避けてエルベ川からやや西に離れて南下していたところ、騎兵斥候が、オーストリア軍はエーガー渡河の準備を完了して明日にも北岸に渡るであろうという情報をもたらした。さらに30日ヴェレミン村北方で大王は、山1つ挟んだ向こう側のロボジッツにすでにオーストリア軍部隊が展開しているとの報告を得た。大王は本隊の到着を待って村の北で一度停止し、夜になってからヴェレミン周辺に展開していたオーストリア軍の軽歩兵を駆逐して村に入った。
ベーメン北西部のこの一帯はベーミッシュ・ミッテルゲビルゲと呼ばれる山地で、プロイセン軍はこの山々の間を縫って行軍してきた。ロボジッツは山地の出口にあたり、ロボジッツの北はエルベ川、南には平地が広がる〔伊藤政之助はこの戦いと山崎の戦いとの類似性を指摘する。そしてロボジッツ西の高地は天王山に相当すると。伊藤(1939), p.829 - 830。〕。ロボジッツの西には、北西にロボシュ山、南西にヴォフチュィン山があって、ヴェレミンの北にも同じように山があり、従ってヴェレミンは谷の底にあった。ブラウンがもしロボシュ山やヴォフチュィン山に有力な部隊を登らせてしまえば、攻撃は至難であり、ゆえに大王は最初ヴェレミンに兵を入れなかった〔Lloyd, 1781(2007), p.5。〕。しかし山に規模のある軍勢の占拠している様子は見られなかったので、大王は谷に下りて村を占領し、前衛部隊を山裾まで押し出した。大王は幕僚と火を囲みながら露天で夜を越し〔Duffy, 1985, p.102。〕、兵士たちは武装を解かず、馬は鞍を付けたまま眠った〔Asprey, 1986, p.432。〕。このときシュメッタウは、ブラウンは我が方に肩透かしを食わせてエルベ川右岸に渡河するつもりではないかとの意見を述べたが、大王はとりあえず聞き置くことにした〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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