翻訳と辞書
Words near each other
・ 蜂須賀氏 (肥後国)
・ 蜂須賀治昭
・ 蜂須賀玄寅
・ 蜂須賀甚右衛門
・ 蜂須賀祐一
・ 蜂須賀筆子
・ 蜂須賀糸
・ 蜂須賀綱矩
・ 蜂須賀綱通
・ 蜂須賀至央
蜂須賀至鎮
・ 蜂須賀茂韶
・ 蜂須賀蓮華寺
・ 蜂須賀誠堂
・ 蜂須賀達志
・ 蜂須賀重喜
・ 蜂須賀重家
・ 蜂須賀重矩
・ 蜂須賀重隆
・ 蜂須賀量子


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

蜂須賀至鎮 : ミニ英和和英辞書
蜂須賀至鎮[はちすか よししげ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はち]
 【名詞】 1. bee 

蜂須賀至鎮 : ウィキペディア日本語版
蜂須賀至鎮[はちすか よししげ]

蜂須賀 至鎮(はちすか よししげ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将大名阿波国徳島藩初代藩主。
== 経歴 ==
天正14年(1586年)、蜂須賀家政の長男として誕生。母は生駒家長の娘・慈光院。はじめ父と共に、豊臣秀吉の家臣として仕えた。
秀吉の死後、慶長5年(1600年)、徳川家康の養女で小笠原秀政の娘・氏姫(万姫・お虎、敬台院)を娶る。そのことから、同年の関ヶ原の戦いにおいて、秀吉の股肱の臣であった父・家政は病を理由に在国する中、至鎮は東軍に与して関ヶ原本戦に参加した。戦後、その功績により家康から所領を安堵されると共に、剃髪した父から家督を譲られ、阿波国徳島藩の藩主となった。慶長8年(1603年)3月25日、豊臣姓を下賜され〔村川浩平「羽柴氏下賜と豊臣姓下賜」1996年。〕、豊臣豊雄名義にて従四位下阿波守に叙任。
大坂の陣では徳川方として参戦し、武功を立てている。
慶長20年(1615年)1月11日、松平姓の家名を将軍家より下賜され〔村川浩平「蜂須賀氏への『松平状』とそのライフサイクル」『日本近世武家政権論』〕、同年閏6月4日、淡路国も加増され、25万7000石の所領となる。内政においては、塩田の開発や非常時の食料の確保に努め、名君として慕われた。
病弱であったとされ、元和6年(1620年)に父に先立って死去した。享年35。法名は峻徳院殿前阿州太守四品心嶽義傳大居士。
跡を長男・忠英が継いだ。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「蜂須賀至鎮」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.