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浄土真宗東本願寺派 : ミニ英和和英辞書
浄土真宗東本願寺派[じょうどしんしゅうひがしほんがんじは]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

浄土 : [じょうど]
 【名詞】 1. the Pure Land 2. Buddhist paradise 3. faith in rebirth in the Western Heaven of the Buddha Amitabha 
浄土真宗 : [じょうどしんしゅう]
 【名詞】 1. Jodo Shinshu (offshoot of the Jodo sect) 
: [つち]
 【名詞】 1. earth 2. soil 
: [まこと, しん, ま]
  1. (adj-na,n) (1) truth 2. reality 3. genuineness
: [そう, しゅう]
 【名詞】 1. sect 
: [ひがし]
 【名詞】 1. east 
: [ほん, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation 
本願 : [ほんがん]
 【名詞】 1. Amida Buddha's original vow 2. long-cherished desire 
: [がん]
 【名詞】 1. prayer 2. wish 3. vow 
: [てら]
 【名詞】 1. temple 
: [は]
  1. (n,n-suf) clique 2. faction 3. school 

浄土真宗東本願寺派 : ウィキペディア日本語版
浄土真宗東本願寺派[じょうどしんしゅうひがしほんがんじは]
浄土真宗東本願寺派(じょうどしんしゅうひがしほんがんじは)は、浄土真宗の一派である。真宗大谷派から独立した三百数十ヶ寺の末寺・崇敬寺院からなる。本山は、浄土真宗東本願寺派本山東本願寺。宗門は法主が統率する。2012年現在の法主は、第二十六世の大谷光見(法名:聞如)。
なお、宗教法人法に規定される包括宗教法人ではなく、単立宗教法人の寺院による任意団体であり、宗派と末寺・崇敬寺院の間に法的な包括関係はない。
==歴史==
1969年昭和44年)、京都東本願寺を本山とする真宗大谷派内部において、教義上の解釈や宗派の運営方針等をめぐって保革が対立し、紛争に及んだ(お東騒動)。
第二十四代法主大谷光暢闡如)は改革派の動きに反対し、1978年(昭和53年)、本願寺の法統を守る為として、真宗大谷派との包括関係を解き、京都の東本願寺の独立を進めることを宣言。同時に全国の別院・末寺にも真宗大谷派からの独立を呼びかけた。光暢の長男で真宗大谷派の法嗣(新門)であった大谷光紹(興如)は、これに呼応し、自身が住職を務めていた真宗大谷派東京別院東京本願寺(浅草門跡)の独立を進め、1981年(昭和56年)6月15日に認証された。
一方、改革派は、光暢が進めていた東本願寺の独立を阻止し、宗派の憲法である「真宗大谷派宗憲」の改定を進め、1981年(昭和56年)6月11日に新宗憲を公布・施行。これによって、これまで、宗祖親鸞聖人以来の本願寺の法統を伝承する師主(指導者)という位置付けであった「法主」を廃し、権限を有しない宗派統合の象徴という位置付けの「門首」を新たに設け、光暢をスライド就任させた(光暢本人は就任を拒否)。さらに、宗派と本山は不離一体のものであるという「宗本一体」の理念を掲げ、1987年(昭和62年)12月14日、それまで、宗教法人「真宗大谷派」と包括関係にあった宗教法人「本願寺」を閉鎖登記し、宗教法人「真宗大谷派」に吸収合併させた。(それ以降、京都の東本願寺の正式名称は「真宗本廟」となった。)
このような一連の動きを受けて、光紹は、1988年(昭和63年)2月29日、真宗大谷派の規則変更により消滅させられた「東本願寺法主」の地位を継承するとして、東本願寺第二十五世法主の継承を宣言。同時に三百数十ヶ寺に及ぶ真宗大谷派からの独立寺院を率いて「浄土真宗東本願寺派」を結成し、「東京本願寺」を本山とした。。これに対して、真宗大谷派は「東本願寺派」および「東本願寺第二十五世法主」の名称の使用禁止の仮処分を東京地裁に申請したが棄却された(昭和63年11月11日決定)。また東京高裁も、この決定を支持し真宗大谷派の抗告を棄却した(平成2年5月11日決定)。
その後、1996年平成8年)には「宗規」と「憲章」を定め、「末寺」制度を設けた。1999年(平成11年)、光紹が遷化(死亡)すると、その長男である大谷光見(聞如)が第二十六世法主を継承し、2001年(平成13年)4月26日には、本山である「東京本願寺」の名称を「浄土真宗東本願寺派 本山 東本願寺」へと変更。真宗大谷派はこれに対して「東本願寺」名称使用中止を求める申入書を送付(同年5月10日)、また同派東京教区も同様の抗議文を送付した(平成14年12月25日)。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「浄土真宗東本願寺派」の詳細全文を読む




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