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流山糧秣廠 : ミニ英和和英辞書
流山糧秣廠[ながれやま]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [りゅう]
  1. (n,n-suf) style of 2. method of 3. manner of 4. school (of thought) 
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [かて]
 【名詞】 1. food 2. provisions
糧秣 : [りょうまつ]
 (n) military provisions and cavalry horse fodder

流山糧秣廠 ( リダイレクト:陸軍糧秣本廠流山出張所 ) : ウィキペディア日本語版
陸軍糧秣本廠流山出張所[りくぐんりょうまつほんしょうながれやましゅっちょうじょ]

陸軍糧秣本廠流山出張所(りくぐんりょうまつほんしょうながれやましゅっちょうじょ)は、千葉県東葛飾郡流山町大字流山字東谷(現:流山市流山九丁目)にあった日本陸軍糧秣を保管、供給する施設である。略称は「流山糧秣廠」。
本出張所の開設当初の名称は「陸軍糧秣本廠流山秣倉庫」で、太平洋戦争敗戦時の名称は「陸軍糧秣本廠流山出張所」。その間にも名称変更があったと推察されるが詳細は不明である〔『流山糧秣廠』(p14)より。〕。


糧秣廠とは、兵士の食糧と軍馬の飼料を管理した日本陸軍の部署のことである。糧秣本廠は東京府東京市深川区(現・東京都江東区深川越中島にあったが、向島区本所(現・東京都墨田区本所)にあった軍馬用の飼料倉庫が手狭になったことと、飼料(干し草など)の自然発火の可能性などがあったため、本廠の出張所(倉庫)として流山出張所が設置された。
軍馬用の干し草と藁(わら)の主産地は、関東地方では流山町を中心とする千葉県や、近隣の茨城県であったため、流山町は江戸川の水運と鉄道(現在の常磐線流鉄流山線)という物資輸送に有利な立地条件を持っていた。
このような事情から、本出張所の建設が1923年(大正12年)に開始され、1925年(大正14年)6月に完成した。
本出張所の所在地は、現在の流鉄流山線平和台駅の南西側で
敷地面積は35,260坪(約116,562m2)、
建坪は3,560坪(約11,769m2)であった。
また、主な建造物は、1棟280坪(約926m2)の12棟の倉庫であった。

本出張所で管理した主な糧秣は、干し草、藁(わら)、牧草大麦燕麦コーリャン乾パン、肉の缶詰などで、近衛第一師団の各部隊に糧秣を供給し、宮内省警視庁には牧草を供給した。

本出張所では干し草や牧草を圧搾機〔機械的に圧力をかけたり、あるいは、液体を利用して圧力をかけたりして圧縮する機械のこと --『広辞苑 第五版』〕を使用して40kgに梱包する作業も行われた。

本出張所は1945年(昭和20年)、日本が太平洋戦争に敗戦し、解散した〔『「町民鉄道」の60年 - 総武流山電鉄の話』(p35 - 37)より。〕。
== 歴史 ==

=== 沿革 ===


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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