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河口慧海 : ミニ英和和英辞書
河口慧海[かわぐち えかい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
河口 : [かこう, かわぐち]
 【名詞】 1. mouth of river 2. estuary 
: [くち]
 【名詞】 1. mouth 2. orifice 3. opening 

河口慧海 : ウィキペディア日本語版
河口慧海[かわぐち えかい]

河口 慧海(かわぐち えかい、1866年2月26日慶応2年1月12日) - 1945年昭和20年)2月24日)は、黄檗宗の僧侶。仏教学者にして探検家。幼名を定治郎という。僧名は慧海仁広(えかいじんこう)。
中国や日本に伝承されている漢語音訳された仏典に疑問をおぼえ、仏陀本来の教えの意味が分かる物を求めて、梵語の原典とチベット語訳の仏典入手を決意。日本人として初めてチベットへの入国を果たした。
== 経歴 ==
1866年(慶応2年)摂津国山伏町(現・大阪府堺市堺区北旅籠町西3丁)生まれ。1890年明治23年)に黄檗宗五百羅漢寺(当時は東京本所にあった)で得度を受け出家する。1892年明治25年)には大阪妙徳寺に入り、禅を学ぶ。その後、五百羅漢寺の住職を勉めるまでになるが、その地位を打ち捨て、梵語・チベット語の仏典を求めて、鎖国状態にあったチベットを目指す。数々の苦難の末、2度のチベット入りを果す。帰国した後、1921年(大正10年)年に還俗する。(その理由については自身の著書『在家仏教』に詳しく記されている。)

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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