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水城リカ : ミニ英和和英辞書
水城リカ[みずしろ りか]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しろ]
 【名詞】 1. castle 

水城リカ : ウィキペディア日本語版
水城リカ[みずしろ りか]

水城 リカ(みずしろ リカ、1943年3月3日 - )は、日本の女優、元モデルである〔キネ旬, p.630.〕〔キネ旬, p.29, 118.〕〔国立国会図書館サーチ 検索結果、国立国会図書館、2014年10月30日閲覧。〕〔年鑑, p.330.〕〔キネ旬, p.140.〕〔日外, p.226.〕〔日外, p.330.〕〔''Rika Mizuki'' (表題誤記), インターネット・ムービー・データベース 、2014年10月30日閲覧。〕〔''MIZUSHIRO, RIKA'', 映画芸術科学アカデミー 、2014年10月30日閲覧。〕〔''水城リカ''・''水城りか''・''若月ひとみ''東京国立近代美術館フィルムセンター、2014年10月30日閲覧。〕〔''水城リカ''、日本映画情報システム、文化庁、2014年10月30日閲覧。〕〔''水城リカ''KINENOTE, 2014年10月30日閲覧。〕〔''水城リカ''・''水野よし子''・''若月ヒトミ''allcinema, 2014年10月30日閲覧。〕〔''水城リカ''・''水野よし子''・''若月ヒトミ''日本映画データベース、2014年10月30日閲覧。〕〔''水城リカ''東宝、2014年10月30日閲覧。〕〔''水城リカ''日活、2014年10月30日閲覧。〕〔''水城リカ''テレビドラマデータベース、2014年10月30日閲覧。〕〔''水城リカ''デジタル・ミーム、2014年10月30日閲覧。〕。本名不明〔〔、旧芸名水野 よし子(みずの よしこ)〔〔〔、若月 ひとみあるいは若月 ヒトミ(わかつき ひとみ)〔〔〔。
インターネット・ムービー・データベース等における姓の読み「みず」〔〔は誤りである〔〔〔〔〔〔。
== 人物・来歴 ==

=== モデルから女優に転身 ===
1943年(昭和18年)3月3日、第二次世界大戦中の東京都に生まれる〔〔。
1958年(昭和33年)4月、実践女子学園高等学校に進学、1961年(昭和36年)3月に同校を卒業する〔。ファッションモデルをしていたが、満22歳になった1965年(昭和40年)6月に公開された成人映画水中裸の浮世絵 蛇魂』(監督鮫吾朗)に水野 よし子の名で主演し、映画界にデビューする〔〔〔。同作は、1961年(昭和36年)3月に小説家高橋鉄(1907年 - 1971年)が監督した『性の神々』〔、2014年10月30日閲覧。〕、1963年(昭和38年)1月に劇作家北里俊夫(1913年 - 没年不詳)〔文藝, p.44.〕が監督した『野生のラーラ』といった、エクスプロイテーション性の強い成人映画を製作・配給した内外フィルム(代表三木光人)が製作した作品群のなかでも、最末期の作品であった〔、2014年10月30日閲覧。〕〔、2014年10月30日閲覧。〕。同年10月に公開された渡辺護監督の『情夫と牝』で水城 リカの名で助演、同年12月に公開された向井寛監督の『学生妻』では若月 ヒトミの名で主演〔、同じく宮口圭監督の『女肌のにおい』では「水城リカ」の名で主演している〔。
日本映画発達史』の田中純一郎は、同書のなかで黎明期の成人映画界のおもな出演者として、扇町京子橘桂子、城山路子(光岡早苗と同一人物)、内田高子香取環新高恵子松井康子西朱実朝日陽子火鳥こずえ華村明子森美沙湯川美沙、光岡早苗、路加奈子有川二郎里見孝二川部修詩佐伯秀男の名を挙げているが、水城の名は挙げられていない〔田中, p.85-86.〕。しかしながら水城は、同様に黎明期のおもな脚本家・監督として田中が挙げた人物のうち、渡辺護の監督デビュー年の第3作(『情夫と牝』)に出演しているばかりか〔、2014年10月30日閲覧。〕、向井寛や宮口圭、山本晋也の初期作に主演〔、2014年10月30日閲覧。〕〔、2014年10月30日閲覧。〕〔、2014年10月30日閲覧。〕、福田晴一が成人映画に転向した年の5作目に出演している〔、2014年10月30日閲覧。〕。水城もまた成人映画黎明期の女優である。正確な時期は不明であるが、木俣堯喬(1915年 - 2004年)の門下に入り、芦川絵里(1949年 - )、あるいは珠瑠美(1949年 - )・谷身知子(1951年 - )姉妹らとともにプロダクション鷹に所属した〔。木俣が監督した『欲情の河』(1967年)、『恐るべき密戯』(1968年)、『狂った牝猫』(1968年)、『送り狼』(1968年)、『娼婦』(1968年)といった作品で主演し、木俣が育て上げた〔〔〔〔。
1966年(昭和41年)8月27日に公開された新藤兼人監督による乙羽信子の主演作『本能』(配給松竹)のタイトルバックに全裸で出演しており〔〔、以降、新藤が主宰する近代映画協会が製作する作品に起用されるようになる〔。『眠れる美女』(監督吉村公三郎、配給松竹、1968年1月31日公開)、『藪の中の黒猫』(監督新藤兼人、配給東宝、同年2月24日公開)、『かげろう』(監督新藤兼人、配給東宝、1969年10月29日公開)、『触角』(監督新藤兼人、配給東宝、1970年6月3日公開)等、したがって、水城は、松竹・東宝の配給作品に出演することとなった〔〔〔〔〔〔〔〔〔。同年7月31日に放映された連続テレビ映画特別機動捜査隊』の第353回『白熱の人』にゲスト出演をして、テレビ映画にも進出、以降、1970年(昭和45年)まで5回に渡り、同シリーズには出演している〔。1969年(昭和44年)5月1日に公開された独立系成人映画界初のオールカラー映画『深い欲望の谷間』(監督沢賢介)に主演、「若妻」役を好演した〔。
1973年(昭和48年)5月12日に公開された東宝の一般映画作品『戦争を知らない子供たち』(監督松本正志)には、独立系成人映画の女優である大月麗子も出演しているが、水城も「麻胡アケミ」役で出演している〔〔〔戦争を知らない子供たち 、東宝、2014年10月30日閲覧。〕。1976年(昭和51年)になって初めて「日活ロマンポルノ」(1971年 - 1988年)に出演しており、同年5月1日公開の『ひめごころ』(監督藤井克彦)、同年7月31日公開の『色情海女 乱れ壷』(監督遠藤三郎)の2作に出演、その後に引退した〔。当時、満33歳であった〔〔。その8年後、満41歳のときに、大蔵映画の『浮気の報酬』(監督渋谷衿)に助演している〔。以降の消息は知られておらず、存命であれば2014年(平成26年)には満71歳である〔〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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