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比曽寺跡 : ミニ英和和英辞書
比曽寺跡[ひ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ひ]
  1. (n,n-suf) (1) ratio 2. proportion 3. (2) Philippines 
: [てら]
 【名詞】 1. temple 
: [せき, あと]
 【名詞】 1. (1) trace 2. tracks 3. mark 4. sign 5. (2) remains 6. ruins 7. (3) scar 

比曽寺跡 ( リダイレクト:世尊寺 (奈良県大淀町) ) : ウィキペディア日本語版
世尊寺 (奈良県大淀町)[せき, あと]

世尊寺(せそんじ)は、奈良県吉野郡大淀町比曽にある曹洞宗の寺院である。

古くは比蘇寺(ひそでら)と呼ばれ大規模な伽藍を構えていたが、現在の世尊寺は江戸時代に整備縮小して再興されたもの。かつての寺域は、1927年昭和2年)4月8日に「比曽寺跡」として、国の史跡に指定されている。聖徳太子霊跡第7番。
== 歴史 ==
古くは、吉野寺、比蘇(比曽)寺、現光寺、栗天奉寺とも呼ばれ、聖徳太子が建立した48か寺の一つと伝えられている。同寺に残っている瓦や伽藍配置などから、少なくとも飛鳥時代7世紀後半)には存在していたようである。
奈良時代には、吉野寺比曽山寺と呼ばれ、後述する現光寺の由来となった仏像が安置された。また著名な僧侶・神叡が住み、20年間三蔵を学んで自然智を得たという。平安時代には宇多上皇藤原道長などが吉野への参詣の途中に訪れ、大いに栄えたが、その後は衰退した。
鎌倉時代に入り、1279年弘安2年)に金峰山から春豪聖人が比蘇寺に移り、再興に努めた。また西大寺を復興した叡尊留錫により真言律宗となっている。さらに1337年(南朝:延元2年、北朝:建武4年)には文観が先達となって後醍醐天皇が行幸し「栗天奉寺」と命名され、勅願寺となっている。
その後、再び衰退し荒廃するが、江戸時代に入って、伽藍を整備縮小し禅宗寺院として、霊鷲山・世尊寺と改め復興し、現在に至る。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「世尊寺 (奈良県大淀町)」の詳細全文を読む




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