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栃木放送 : ミニ英和和英辞書
栃木放送[とちぎほうそう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

栃木 : [とちのき, とちぎ]
 (n) Japanese horse chestnut
: [き]
 【名詞】 1. tree 2. wood 3. timber 
放送 : [ほうそう]
 1.broadcast 2. broadcasting 

栃木放送 : ウィキペディア日本語版
栃木放送[とちぎほうそう]

株式会社栃木放送(とちぎほうそう、''Tochigi Broadcasting Co., Ltd.'')は栃木県放送対象地域として中波放送AM放送)をする特定地上基幹放送事業者である。
略称は CRT (旧社名「ラジオ栃木」の英語表記「Company Radio Tochigi」に由来〔親局のコールサインは「JOXF」であり、コールサインが由来ではない。ちなみにJOCRはラジオ関西が使用している〕。)

== 放送局概要 ==
戦後、地元財界などから県域ラジオ局の開局が熱望されたが、当時の電波行政において在京大電力局サービスエリア内にある栃木県で県域局設立の許可を得るのは困難を極めた。県内の実力者であった下野新聞社社長・福嶋悠峰(東京日日新聞出身)などが中心となって積極的に中央と掛け合い、1962年に隣県の茨城県と共に予備免許を取得することに成功する。
下野新聞社、栃木県、地元財界などの「オール栃木体制(全県体制)」で「株式会社ラジオ栃木」が設立された。
1963年4月1日開局。文化放送ニッポン放送をキー局とするNRN(National Radio Network)に加盟している。地方民間放送共同制作協議会(火曜会・CRN)には長らく未加盟だったが2008年に加盟している。また、関東のラジオ局では唯一radiko未参加であったが、2014年12月1日12:00より配信を開始した。最初の番組は「栃木県議会本会議・生中継」であった。
放送時間は5:00基点の24時間放送(日曜深夜=月曜未明の0:00 - 5:00はメンテナンスのため休止)、AMステレオ放送は未実施。
以前は形式上午前6時 - 翌朝5時までの23時間放送ながら、5:00 - 6:00の間も、試験電波の名目でフィラー音楽が放送されているため実質的な24時間放送であったが、5時台のフィラーが2008年4月期より正式な音楽番組となったため、完全24時間となった。開局当初は5:00 - 23:00での18時間放送体制で、その後6:00 - 23:07(アナウンサーにより±3分程度の差あり)→6:00 - 24:00に移行し、1995年7月から「オールナイトニッポン」のネットを開始し23時間放送体制となった。
開局以来、深夜帯とナイターを除き自主制作率が非常に高く、地域の生活情報を重視した番組編成となっている。プロ野球ナイター中継は水曜日~金曜日の3日間のみ。(火曜日は2002年まで、土曜日は2007年まで、日曜日は1999年~2002年の期間、ナイター中継を放送していた)
設立時の経緯もあり地元紙・下野新聞社(毎日新聞社系列)とつながりが深く、歴代の代表取締役社長7名中6名が下野新聞関係者となっている(2014年3月現在)〔これまでに会長職を置いたことがあるのは1度のみ。下野新聞関係者以外から選出された社長1名は栃木県からの天下り。〕〔なお、2003年前後に旧栃木新聞社保有分の栃木放送株が読売新聞東京本社に譲渡され、とちぎテレビの傘下に入る前まで読売新聞関係者が取締役に名を連ねていた〕。
開局当初より県域テレビ兼営を目指しており、開局後すぐにテレビ放送免許を最初に申請したが、その後在京キー局関連の16社も免許申請を行ったことにより申請の一本化調整が滞ったまま30年近い月日が経過。1996年10月に県財界主導で開催された最終調整会議において、県などの要望に応えて他社とともに申請を取り下げ、単独でのテレビ兼営を断念。翌1997年3月、県と経済界主導による第三セクターとちぎテレビ」設立に資本参加した。
関連会社「株式会社栃放エンタープライズ」を設立して栃木放送のアナウンサーをニュース番組などに派遣したり、番組・CM制作を請け負うなど、同テレビとは1999年の開局当初より親密な関係で共存共栄を図っていた。
2011年12月、当時の筆頭株主(約30%)である栃木県の後押しにより経営資源の効率化を目的に「とちぎテレビ」の傘下に入ること(子会社化)を臨時取締役会で正式決定〔2011年当時の筆頭株主である栃木県(30%)の他、下野新聞社(10%)、読売新聞東京本社(10%)が賛同している。将来的には完全子会社化を目指すとの記者会見発表があったが、2014年現在も全株主からの同意は得られていない。〕。両局で報道や制作、営業等での連携がおこなわれており、2012年3月より 同テレビの社長が栃木放送社長を兼務したが、2014年6月より同社初の生え抜き社長が就任している。
開局以来、本社および演奏所がテナント入居している県有施設「栃木会館」が築50年を経過し、老朽化していることや建物の構造上耐震補強工事が困難であることから解体されることとなった。とちぎテレビ本社屋隣接地にある「県庁北庁舎2号館」をリニューアルした建物へ2016年3月28日に移転した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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