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有馬英二 : ミニ英和和英辞書
有馬英二[ありま えいじ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [う, ゆう]
  1. (n,vs) possession 
: [うま]
 【名詞】 1. (1) horse 2. (2) promoted bishop (shogi) 
: [に]
  1. (num) two 

有馬英二 : ウィキペディア日本語版
有馬英二[ありま えいじ]
有馬 英二(ありま えいじ、1883年明治16年)5月25日 - 1970年昭和45年)4月6日〔『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』30頁。〕)は、日本明治時代大正時代昭和時代医学者政治家北海道帝国大学名誉教授衆議院議員(当選1回)、参議院議員(当選2回)。福井県坂井郡三国町生まれ。
==来歴==
福井藩藩医の次子として生まれ、1888年に有馬家の養嗣子となった。第四高等学校 (旧制)卒業。1908年東京帝國大學医科大学卒業。その後、同大学青山内科に入局。1914年朝鮮総督府医院内科に勤務。1916年朝鮮総督府医院第2内科科長。1921年北海道大学附属医院の院長に就任。同年、北海道帝國大學医学部第一内科教授にも就任。断層撮影や、集団間接撮影およびBCGの研究など、結核診断予防に尽力。中央結核研究会会長や日本胸部疾患学会会長なども務めた。1941年11月には、北方結核研究会を設立し、同会長に就任した。1944年樺太医学専門学校 (旧制)2代目校長に就任。
1946年3月31日に北海道帝国大学を停年退官。同名誉教授。同年4月10日第22回衆議院議員総選挙無所属立候補して初当選。1947年1947年北海道庁長官選挙民主党 (日本 1947-1950)から立候補するも4月5日投開票で次点で落選。同年の第23回衆議院議員総選挙民主党から立候補を要請されるも体調不良を理由に辞退した。同年、北海道庁立女子医学専門学校(後の札幌医科大学客員教授に就任。1950年3月に同専門学校を退職し、同年6月4日第2回参議院議員通常選挙と同時に行われた補欠選挙国民民主党 (日本)より当選。1953年4月24日第3回参議院議員通常選挙にて改進党から立候補し再選。1959年6月2日第5回参議院議員通常選挙には立候補せず政界を引退した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「有馬英二」の詳細全文を読む




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