翻訳と辞書
Words near each other
・ 斎藤真也
・ 斎藤真利奈
・ 斎藤真成
・ 斎藤真由美
・ 斎藤真美
・ 斎藤磯雄
・ 斎藤祐也
・ 斎藤祐具
・ 斎藤禎一
・ 斎藤福
斎藤秀一
・ 斎藤秀三郎
・ 斎藤秀光
・ 斎藤秀全
・ 斎藤秀司
・ 斎藤秀夫
・ 斎藤秀雄
・ 斎藤秀龍
・ 斎藤秀龍側室
・ 斎藤秋圃


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

斎藤秀一 : ミニ英和和英辞書
斎藤秀一[さいとうひでかつ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [とき]
 【名詞】 1. meals exchanged by parishioners and priests 
: [ふじ]
 【名詞】 1. wisteria 
: [いち]
  1. (num) one 

斎藤秀一 : ウィキペディア日本語版
斎藤秀一[さいとうひでかつ]
斎藤 秀一(さいとう ひでかつ、1908年 - 1940年)は、日本方言研究者エスペランティストローマ字論者。別名に森馥鳥海昇北島三郎野沢愛蘭
== 生涯 ==
山形県東田川郡山添村(現:鶴岡市)に生まれる。駒澤大学1931年に卒業後、山形県の職員としての教員となり、小学校教員を務めていたが、軍国主義教育に批判的であったことと、児童にローマ字を教えていたことが問題視され、鶴岡警察署に1度目の逮捕。4日後に釈放されるも、この逮捕を理由に1932年解雇された〔荘内日報社「郷土の先人・先覚 162 言語差別に真っ向批判 斎藤秀一 〕。
教員時代から、国語国字論、方言研究、中国の文字改革運動の紹介、ローマ字運動、エスペラント運動などに関わり、その後も自宅で携わる。1934年には言語問題の雑誌『文字と言語』を発行し、ローマ字論田中館愛橘方言論東条操などの寄稿を得た。また1937年には全文エスペラントの雑誌Latinigo(ラティニーゴ、意味は「ローマ字化」)を刊行し、中国、インドシナインドネシアなどのアジアのローマ字運動の論考を集めた。しかし、国外との文通、反戦傾向の言動ゆえ、1938年治安維持法違反で2度目の逮捕となり、その後肺を病み、釈放後の1940年に病死した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「斎藤秀一」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.