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拓務省 : ウィキペディア日本語版
拓務省[たくむしょう]

拓務省(たくむしょう)は、1929年(昭和4年)から1942年(昭和17年)にかけて日本に存在したで、外地と言われた日本の植民地の統治事務・監督のほか、南満州鉄道東洋拓殖の業務監督、海外移民事務を担当した。長は拓務大臣(たくむだいじん、拓相)。明治時代に、同じく植民地事務を所管した拓殖務省も本項目で解説する。
== 沿革 ==
1896年(明治29年)4月2日台湾総督府を監督する目的で拓殖務省(たくしょくむしょう)が設置されて高島鞆之助が拓殖務大臣に任じられたが、行政整理により翌年の1897年(明治30年)9月2日に廃止された(高島が同省廃止まで大臣を務めていた)。以後、内務省台湾事務を担当した。
だが日露戦争の結果、樺太関東州を獲得し、朝鮮の保護権を確立したことから、1910年(明治43年)に内閣直属の拓殖局が設置された。拓殖局は大正時代には廃止・再設置・改称を繰り返していたが、外地統治・移民事業を担当するには拓殖局では不十分であるとして、1929年(昭和4年)に拓務省が新設され、朝鮮総督府台湾総督府樺太庁南洋庁の統治事務の監督、および海外移民の募集や指導を行うことになった。
しかし、省設置後に始まった満州事変以降に獲得した占領地は軍部が統治していて拓務省が関与できなかったこと、朝鮮総督府には直接の監督権がないなど、当初から問題点が指摘されていた。1942年(昭和17年)に大東亜共栄圏を包括的に管理する大東亜省が設置されると、拓務省は、大東亜省・内務省・外務省などに分割された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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