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心誉 : ミニ英和和英辞書
心誉[しんよ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こころ, しん]
 【名詞】 1. core 2. heart 3. wick 4. marrow 

心誉 : ウィキペディア日本語版
心誉[しんよ]
心譽(しんよ、天禄2年(971年) - 長元2年8月12日1029年9月22日))は平安時代中期の天台宗藤原北家右大臣藤原顕忠の孫で、左衛門佐藤原重輔の子。実相房を号す。
園城寺勧修穆算らに顕密の奥義を学び〔『華頂要略』「百四十三」。〕、後に穆算から印信を受けた。。長和3年(1014年権律師に任ぜられる〔『僧綱補任』「心譽」。〕。長和6年(1017年)3月に権少僧都に転じる〔が、寛仁2年(1018年)5月に辞任している〔。治安4年(1024年法成寺薬師堂供養の功で権大僧都に任ぜられ〔、万寿3年(1026年)に御悩加持の功で封戸を下給されている〔。長元元年(1028年)に権僧正に至った〔。同年12月には園城寺長吏を務めている〔『寺門高僧記』および『園城寺長吏次第』。〕。長元2年(1029年)8月12日に入寂享年59。腫物(寸白、サナダムシ)を患っていたという〔『小右記長元2年8月13日条。〕。また別の史料によれば、一旦平復したといわれていたが、悪化して寂したという〔『左経記長元2年8月13日条。〕。
藤原道長頼通父子に重んじられ、道長の怨霊調伏・息災延命のためにたびたび召され、万寿4年(1027年)11月、道長薨御の約15日前にも病の回復のために修法を行っている。『宇治拾遺物語』にも心誉を讃える逸話があり、同話から頼通の代にも信頼を得ていたことが知られる。
弟子に行円興慶寿増千算念算舜世叡義任円源泉長守円信らがいた。
== 脚注 ==


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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