翻訳と辞書
Words near each other
・ 張秋穀
・ 張秋谷
・ 張稀哲
・ 張種
・ 張穆之
・ 張積中
・ 張穎
・ 張穎 (フィギュアスケート選手)
・ 張競
・ 張筋
張範
・ 張篤倫
・ 張籍
・ 張粛
・ 張系国
・ 張紀中
・ 張紋嘉
・ 張純
・ 張純 (伯仁)
・ 張純 (後漢末)


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

張範 : ウィキペディア日本語版
張範[ちょう はん]

張 範(ちょう はん、? - 212年)は、中国後漢時代末期の政治家。字は公儀司隷河内郡脩武県の出身。祖父は張歆(司徒)。父は張延(太尉)。弟は張承・張昭(呉の張昭とは別人)。子は張陵。甥(張承の子)は張戩。

== 事跡 ==

董卓の専横が起きると、張範は弟らと共に揚州へ逃れた。すると当時、揚州を支配していた袁術が、礼を尽くして張範を招聘しようとしたため、張範は病気と称して応じず、代わりに張承を赴かせた。しかし張承は、袁術の野心を諌める発言をしたため、結局不興を買いその下を去っている。
曹操冀州を平定すると、使者を派遣して張範を迎えさせた。しかし張範は当時病気だったため、代わりに張承を派遣した。まもなく山陽の賊軍が、張範の子と甥を捕えてしまったため、張範は自ら賊軍の下に赴いて返還交渉を行ない、子を返してもらった。しかし張範が自分の子と交換で、むしろ幼い甥の方を返して欲しいと願い出たため、賊軍は感心して2人とも返している。
曹操は荊州を平定して帰還する途上、張範と対面し、彼を議郎兼参丞相軍事に任命した。以降、曹操は遠征する時に、張範・邴原を都に留め置き曹丕と共に留守を任せている。また曹丕は曹操からの指示もあって、張範・邴原に対し子や孫としての礼をとった。
建安17年(212年)、死去した。
小説『三国志演義』には登場しない。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「張範」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.