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度津神社 : ミニ英和和英辞書
度津神社[わたつじんじゃ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ど]
  1. (n,n-suf) (1) degree (angle, temperature, scale,  2. (2) counter for occurrences 3. times 4. (3) strength (of alcohol) 5. (4) (uk) (pref) very 6. totally 
: [かみ]
 【名詞】 1. god 
神社 : [じんじゃ, かむやしろ]
 【名詞】 1. Shinto shrine 
: [やしろ]
 (n) shrine (usually Shinto)

度津神社 : ウィキペディア日本語版
度津神社[わたつじんじゃ]

度津神社(わたつじんじゃ)は、新潟県佐渡市飯岡にある神社式内社佐渡国一宮旧社格国幣小社で、現在は神社本庁別表神社
== 祭神 ==
; 主祭神
* 五十猛命 (いたけるのみこと〔読み仮名は『佐渡一ノ宮度津神社参拝の栞』の記載に従った。〕) - 素戔嗚尊(すさのおのみこと)の子
; 配神
* 大屋津姫命 (おおやつひめのみこと) - 同じく素戔嗚尊の子で五十猛命の妹神
* 抓津姫命 (つまつひめのみこと) - 同上
これら兄妹3神は何れも木の文化を司り、林業・建築業・造船業の神と言われている。『佐渡一ノ宮度津神社参拝の栞』によれば、五十猛命は木材による家屋・舟・車の築造技術を盛んにした功徳により、またの名を大屋毘古神(おおやひこのかみ)と呼ばれている。また造船のほか航海術に秀で車の普及に当たったことから、海上・陸上の交通安全の守護神として崇敬されていると言う。
上記の祭神および配祀を決定したのは、江戸時代初期の神道家橘三喜と言われている。宮司美濃部楨撰による『度津神社明細調書』〔『佐渡國誌』所収の文書として、神道大系編纂会編 『神道大系 神社編34 越中・越後・佐渡国』 神道大系編纂会 1986年7月 に載せられている。〕では、官牒に祭神は五十猛命の1座となっているのに、『諸国一宮巡詣記』〔橘三喜 『諸国一宮巡詣記』 は 佐伯有義 編 『神祇全書 第2輯』 皇典講究所 1907年2月 に所収。〕には3座と記されていること、宝永年間の当神社再建の奉加帳にも五十猛命に配祀として大屋津姫命と抓津姫命の記載があり、橘三喜が巡拝した時期が当神社の祭神杜撰の山場であった頃なので、2神を配祀したのは橘三喜ではないか、と考察している。大正11年(1922年)に編纂された『佐渡國誌』〔神道大系編纂会編 『神道大系 神社編34 越中・越後・佐渡国』 神道大系編纂会 1986年7月 に所収。〕では、『諸国一宮巡詣記』〔の記述によれば、ただ古来より一宮と称して来たと言う以外に神社当を一宮と証するものが無く、祭神も詳しくは分からなかったようであると述べたうえで、そうであるなら祭神を杜撰奉納したのは橘三喜ではないかと考察している。その理由として、当神社の他に橘三喜が神号を奉納した佐渡8社のうち、佐渡国三宮引田部神社の祭神は古来大己貴命とされていたのが、橘三喜が猿田彦命の神号を奉納して後は、祭神が猿田彦命となったことをあげている。
しかし、祭神を五十猛命することには異論もある。文化年間に田中従太郎によって著された『佐渡志』〔には「又海童神ヲ祭ルトモ云ヘリ」との記述があり、吉田東伍は著書『大日本地名辞書』において五十猛命説を「附会を免れず」と非難した〔『大日本地名辞書』では「又一宮記に祭神五十猛命と注したるは、神代巻に五十猛命が韓郷島へ渡りたまふと云うに因むのみ、附会を免れず。」と非難の理由を述べている。神代巻で五十猛命が韓郷島へ渡ったと言うのは、『日本書紀 巻1 第8段 一書第5』にある記述。吉田東伍 『大日本地名辞書 第5巻 北国・東国』 合資会社冨山房 1902年9月 より。〕うえで「土人は近世、一宮八幡と号し、神宮寺・千光寺之を司れり、隠岐国渡明神あり、此れと一類の神祇ならん」と述べている。
また、社名の「ワタ」はの古語で、「ワタツ神社」は「海の神の社」という意味となり、元々は航海漁労を司る海の神を祀る神社であったと推定したうえで、当神社が元は海岸寄りに鎮座していた、と言う説もある。社伝では、五十猛命の父のスサノオが人々に造船・航海の術を授けたことから度津神社と称するのだとしている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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