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岩名雅記 : ミニ英和和英辞書
岩名雅記[いわな まさき]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いわ]
 【名詞】 1. rock 2. crag 
: [な]
 【名詞】 1. name 2. reputation 
: [き]
 (n,n-suf) chronicle

岩名雅記 : ウィキペディア日本語版
岩名雅記[いわな まさき]

岩名 雅記(いわな まさき、1945年2月 - )は、日本舞踏家。元声優、以前は東京俳優生活協同組合に所属していた。東京都出身。
== 人物・来歴 ==
舞踏家、舞踊教師、映画監督。
1945年2月東京・馬込に生まれる。1967年大学卒業後テレビドラマ演出を目指して東京放送(TBS)に入社。しかし、当時すでにドラマ制作の主体がテレビキー局から下請けの制作会社に移っており、制作現場に携われず2年半で同社を依頼退社。俳優を志し、劇団人間座、劇団三十人会など演劇世界に身を置く。同時に東京俳優生活協同組合に所属して1970年代前半には『イナズマン』シリーズのウデスパー役など連続テレビ映画や外国映画の声優として活動した。
台詞という表現方法に疑問をいだき1975年、30歳にして単独でソロ舞踊を始める。当初はダンスとは名付けようもない「身体行為」であったが、1977年に初のリサイタル『Dancing Boy』を赤坂OAGで発表。その後指圧ヨガ講師として生計を立てながら、1984年までに全裸、不動、垂立という従来の舞踊概念を破る『非舞踊』の実験的ソロ・パフォーマンスを150回以上にわたって展開する。1985年東京馬込に舞踏研究所 白踏館(はくとうかん)を開設。
1983年には仏アビニョン・シャルトレーズ国際演劇祭に上杉貢代、山田せつ子、吉田光雄らと公式招待され、全裸、無音で50分間踊った『蓮の国』が高い評価を受ける。これを機に拠点をヨーロッパに移し、1988年秋にフランスに移住。個々人が自らの中に内包する体験や記憶を引き出していく個的な舞踏を信条とし、「全裸の捨て身と爪先立ちの危機感」(舞踏評論家・合田成男)、「観客が傍観者であることを許さない舞踏」(グラスゴー紙/グレアム・ノーブル)と評された独自の世界観で人々を魅了、現在まで40カ国100都市でソロ活動とワークショップを展開している。その間1992年には国際交流基金主催の東欧文化使節派遣アーティストとしてロシアルーマニアで公演する一方、劇団「野戦の月」(桜井大造主催)に客演するなど活動範囲は多岐にわたる。
これまでの代表的なソロ作品には「生成(なまなり)」(1985)、「すさび」(1989),「冷曲」(1990)、「水引に胡蝶」(1992)、「ジゼル伝」(1994)、「式子内親王伝」(1996)、「ローリーゴッド」(1999)、「あさじふ」(2001)、「絢爛」(2002)などがある。また、デュオ作品に「光の関節・聖ジュリアン伝説」(2006/競演:若松萌野)、「棄景」(2008/競演:アフリカンダンサー、メルラン・ニアカム)、演出作品に「をみなにて」(2001)等がある。
1988年以降からはソロ作品に加え音楽家との即興競演を本格的に開始。欧州ではピータ・コバルト、ミッシェル・ドネダ、ル・カーン=ニン、クロード・パルル、ロベルト・ベラタラ、アンカ・グリコ、マッシモ・ベルティネッリ等、日本ではそれ以前から堀内茂雄、宇梶晶二、向井千恵、千野秀一、灰野敬ニ、吉沢元治、入間川正美、沖至、田島敦夫、田島和枝、西潟昭子、服部達朗、竹田健一、桜井芳樹、大熊亘、斉藤徹、坂本弘道、吉口克彰、浦邊雅祥らと競演。他に美術家、写真家とのコラボ多数。
1995年にはフランス・南ノルマンディーに200年前の旧農家を改造した自らのアトリエを開設し、1996年から10年間にわたる国際舞踏ワークショップ『世紀を超えて』を開催。1998年からはアートフェスティバル『ダンスディレクト(直接性のダンス)』を開始する。2006年より5年間国際舞踏ワークショップ『緑のユトーピオ』、『re-BE再存』とそれに伴う舞踏フェスティバル「ベルダユトーピオ」を開催。また定期的にローマミラノナポリイタリア)、アテネクレタ島ハニヤ(ギリシャ)、エッセンドイツ)などで集中舞踏講座を継続中。2008年からは秋冬に行なわれていたパリのアトリエを南ノルマンディーに吸収し、現在四季にわたって同地で展開している。
一方、2004年には長篇舞踏劇映画『朱霊たち』で初メガホンを取り、2008年にはヨーロッパ版を制作。昭和27年の東京を舞台に少年の夢と現実を、フランス・南ノルマンディーの自然を活かしモノクロフィルムで幻想的に描いた。2009年9月にロンドンで開催されたポルトベロ国際映画祭で最優秀映画賞を獲得。さらに、同年のロッテルダム国際映画祭をはじめ八つの国際映画祭に公式招待されるなど、国際的に高い評価を受けた。
それに先だち2007年東京・ポレポレ東中野での3週間上映はレイトショーとしては異例の72%の稼働率を記録、1500人を超える観客を集めた。また自らが主演する第2作『夏の家族』(2010年ロッテルダム国際映画祭、ブエノスアイレス・インディペンデント国際映画祭、2011年ヨーテボリ(スウェーデン)国際映画祭招待作品)は2010年東京渋谷アップリンクXで公開、第三作『うらぎりひめ』が2013年3月東京明大前キッドアイラックアートホールで公開される予定。
主要著作は、第一舞踏論集「装束は水」(1994 白踏館刊)、第二舞踏論集「虚無の強度」(2002 白踏館刊/和英バイリンガル)、エッセー「ニオンのオルゴール」(2007 燦葉出版)他、共著多数。なおフランスで初めて発刊された監修オデット・アスラン他による400ページの大著「舞踏」(2002/CNRS)でも紹介されている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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