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小川正子 : ミニ英和和英辞書
小川正子[おがわ まさこ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

小川 : [おがわ]
 【名詞】 1. streamlet 2. brook 
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [ただし, せい, しょう]
 【名詞】 1. (logical) true 2. regular 
正子 : [しょうし]
 (n) midnight
: [こ, ね]
 (n) first sign of Chinese zodiac (The Rat, 11p.m.-1a.m., north, November)

小川正子 : ウィキペディア日本語版
小川正子[おがわ まさこ]
小川 正子(おがわ まさこ、1902年3月26日 - 1943年4月29日)は日本の医師。手記『小島の春』で知られる。
1932年、希望して長島愛生園に勤務、光田健輔の指導を受ける。ハンセン病在宅患者の収容にいきその状況を『小島の春』に書く。その文学的価値は高く評価され、評判となり映画化された。物語は絶賛され、「小島の春現象」を産んだ。しかし、ハンセン病をこわい病気とし、無らい県運動に加担したという批判がある。
==略歴==

1902年3月26日山梨県東山梨郡春日居村(現在の笛吹市)に生まれる。1918年甲府高等女学校卒業。1920年遠縁にあたる樋貝詮三と結婚。1923年に離婚。1924年東京女子医学専門学校に入学。
1929年卒業時全生病院院長光田健輔を訪問。就職を希望するが、採用されなかった。東京市立大久保病院に勤務。内科、細菌学を研究。1930年賛育会砂町診療所勤務。1931年泉橋慈恵病院勤務。開業。
1932年6月12日長島愛生園にいき、医務嘱託として採用される。1934年医官。しばしば検診にいく。光田より検診の記録を残すように勧められる。1936年検診が続く。
1937年初夏。結核を発病。島で療養生活に入る。1938年肺疾患のために郷里にて静養する。11月『小島の春 ある女医の手記』を長崎書店より出版する。1940年「小島の春」が映画化される。
1941年、自主退職。1943年4月29日、41歳の若さで死去。1948年長島愛生園に歌碑建立。1984年東山梨郡春日居町名誉町民。1991年同町に小川正子記念館開館。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「小川正子」の詳細全文を読む




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