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光田健輔 : ミニ英和和英辞書
光田健輔[みつだ けんすけ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ひかり]
 【名詞】 1. light 
: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [けん]
 【名詞】 1. health 2. strength 3. stick-to-itiveness 

光田健輔 : ウィキペディア日本語版
光田健輔[みつだ けんすけ]

光田 健輔(みつだ けんすけ、1876年1月12日 - 1964年5月14日)は、日本の病理学者皮膚科医国立長島愛生園初代園長。文化勲章受章。ダミアン・ダットン賞受賞。ハンセン病の研究で知られ、ハンセン病治療の第一線で活動した。また、日本の対ハンセン病政策の明暗無癩県運動を象徴する人物である。贈正三位勲一等瑞宝章
== 生い立ち ==
山口県佐波郡中関村(現・防府市)生まれ。
高等小学校卒業後に上京し、医師・賀子鶴所宅で住み込み書生をしながら苦学して、医術開業前期試験に合格した。合格後は実技試験対策のために済生学舎に入学、1895年、開業後期試験に合格している。ちなみに済生学舎の同期に野口英世がいる。東京帝国大学医学部選科に籍を置き、学士でないハンディを乗り越えて病理学を学び、このときハンセン病の撲滅を志した。
当時ハンセン氏病の療養施設「養育院」から献体があったが、学士の同僚達は罹患を恐れ、誰も解剖をしようとはしなかった。「ハンセン氏病の患者を救いたい」という一心から光田は危険を顧みず解剖にあたったとされる〔武田徹『「隔離」という病い』〕。
その後は東京市養育院に勤務し、その後生涯をハンセン氏病の撲滅に捧げ、その人道主義が高く評価され「救癩の父」と崇められ、文化勲章を受章している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「光田健輔」の詳細全文を読む




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