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吉良義弥 : ミニ英和和英辞書
吉良義弥[きら よしみつ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [りょう]
 【名詞】 1. good 
: [ぎ]
 【名詞】 1. justice 2. righteousness 3. morality 4. honour 5. honor 

吉良義弥 : ウィキペディア日本語版
吉良義弥[きら よしみつ]

吉良 義弥(きら よしみつ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武士江戸幕府高家旗本吉良義定の長男。
== 生涯 ==
父の義定徳川家康の従兄弟で家臣である。慶長2年(1597年)、12歳のときに徳川秀忠に御目見する。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの際には、秀忠が少年時に身に着けた具足を下賜され、これを着用して供奉している。合戦後に三河国吉良など3000石を安堵される。
慶長13年(1608年)12月24日、従五位下侍従・左兵衛督に叙任、後に従四位下左少将に昇進する。一説には、この日に吉良義弥と大沢基宿は高家職に就任したという。なお、江戸幕府の職制としての高家職は、元和寛永期に整備されたようである。
元和9年(1623年)、明正天皇の誕生に際し幕府の使者として上洛する。以後も徳川秀忠の娘和子の立后に際しての使者を命じられるなど、幕府と朝廷の間の交渉・連絡に密接に携わった。
寛永20年(1643年)10月24日、京都において死去。享年58。江戸市谷万昌院に葬られ、以後この寺が吉良家菩提寺となる。
吉良家の高家職就任については、家系的に清和源氏に属し、足利氏の一門であることの他に、歴代の当主は松平信忠松平清康の娘を正室に迎えており、徳川家康とも親戚関係にあったことが理由として推測される。家康の征夷大将軍就任にあたっては、吉良家の系図を譲渡している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「吉良義弥」の詳細全文を読む




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