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劉驥 : ミニ英和和英辞書
劉驥[りゅう き]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [りゅう]
 【名詞】 1. axe 2. kill 

劉驥 : ウィキペディア日本語版
劉驥[りゅう き]

劉 驥(りゅう き)は中華民国の軍人・政治家。国民軍国民革命軍国民政府)に属する。谷生菊村。祖貫は湖北省鍾祥県
== 事跡 ==

=== 馮玉祥側近へ ===
1905年光緒31年)に湖北高等小学堂を卒業し、さらに東三省陸軍講武堂で学んだ。卒業後に新軍に加入し、第20鎮を率いる張紹曽の配下となる。このとき、馮玉祥率いる部隊に編入され、馮が主宰する武学研究会に加入した。
辛亥革命勃発後、灤州起義に参加している。1912年民国元年)に武漢に戻り、湖北都督府参謀に任ぜられた。翌年、北京陸軍大学第4期に入学している。卒業後は、馮玉祥率いる陸軍第16混成旅で少校参謀となった。1915年(民国4年)、北京政府の臨時参政院参議となる。10月、署理察西鎮守使に異動した。
1919年(民国8年)、やはり馮玉祥率いる陸軍第11師で参謀長となった。翌年、陝西河南の督軍署参謀長として、馮を支える。1921年(民国10年)、西北辺防督弁署参謀長兼察西鎮守使となった。1924年(民国13年)の馮玉祥による北京政変(首都革命)にも参加し、国民軍の成立とともに、国民軍総司令部参謀長兼京兆尹に任ぜられる。1926年(民国15年)、馮に随従してソビエト連邦に向かう。6月、馮の命により広州へ向かい、馮と国民軍の中国国民党加入手続きについて党中央と交渉した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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