翻訳と辞書
Words near each other
・ 前田政四郎
・ 前田政明
・ 前田敏子
・ 前田敏男
・ 前田敦
・ 前田敦子
・ 前田敦子のHEART SONGS
・ 前田敬作
・ 前田文夫
・ 前田文子
前田斉広
・ 前田斉敬
・ 前田斉泰
・ 前田新作
・ 前田新悟
・ 前田新造
・ 前田日明
・ 前田旺志郎
・ 前田昇
・ 前田昌代


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

前田斉広 : ミニ英和和英辞書
前田斉広[まえだなりなが]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 

前田斉広 : ウィキペディア日本語版
前田斉広[まえだなりなが]

前田 斉広(まえだ なりなが)は、加賀藩の第11代藩主。加賀前田家12代。第9代藩主前田重教の次男。
== 来歴 ==
金沢にて生まれる。〔以下、『加賀藩史料』。〕重教が弟の第10代藩主治脩に家督を譲って隠居した後、生まれた息子である。寛政7年(1795年)、兄の斉敬が夭逝したため、代わって藩主治脩の養子となる。翌寛政8年(1796年)11月に江戸に出府、松平の名字を与えられ、〔村川浩平『日本近世武家政権論』176頁。〕12月に名(幼名)を亀万千から勝丸、さらに犬千代と改めた上で、通称を又左衛門、利厚とする。寛政9年2月、将軍徳川家斉より偏諱を授かり斉広に改名する。正四位下左近衛権少将、筑前守に任じられる。享和2年(1802年)に、治脩の隠居により家督を継いだ。加賀守を称し、同年6月に左近衛権中将に任じられる。
治世の当初は藩の政治改革を試みたが、大きな効果を挙げず挫折した。文政5年(1822年)、嫡男の斉泰に家督を譲って隠居し、肥前守を称した。文政7年(1824年)に43歳で没した。
芥川龍之介の短編小説「煙管」(1916年)では、金無垢の煙管をモチーフとして、坊主たちと役人たちと斉広(作中では名を「なりひろ」と読んでいる)との心理的駆け引きがユーモラスに描かれている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「前田斉広」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.