翻訳と辞書
Words near each other
・ 伊東祐之 (薩摩藩士)
・ 伊東祐之 (飫肥藩主)
・ 伊東祐亨
・ 伊東祐俊
・ 伊東祐保
・ 伊東祐信
・ 伊東祐修
・ 伊東祐充
・ 伊東祐兵
・ 伊東祐勝
伊東祐吉
・ 伊東祐吏
・ 伊東祐命
・ 伊東祐国
・ 伊東祐堯
・ 伊東祐安
・ 伊東祐安 (三代当主)
・ 伊東祐安 (室町時代)
・ 伊東祐実
・ 伊東祐崇


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

伊東祐吉 : ミニ英和和英辞書
伊東祐吉[いとう すけよし]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ひがし]
 【名詞】 1. east 

伊東祐吉 : ウィキペディア日本語版
伊東祐吉[いとう すけよし]

伊東 祐吉(いとう すけよし)は、戦国時代武将日向国戦国大名日向伊東氏10代(伊東氏15代)当主。伊東祐充義祐は同母兄。
== 概要 ==
天文2年(1533年)、兄・祐充の死後まもなく、叔父伊東祐武が反乱を起こし、家中で専権を振るっていた外戚福永祐炳ら福永一族4人が自害に追い込まれた(武州の乱)。祐吉は荒武三省に擁立された兄の祐清(後の義祐)と共にこれを鎮圧したが、荒武三省が米良一揆に破れて戦死すると、祐清を嫌った長倉祐省を始めとする重臣層によって次期当主に擁立され、家督を相続した〔阿部『戦国人名事典コンパクト版』、P108〕。
宮崎城を居城とし、伊東氏の内紛に乗じて侵攻した県土持氏を撃退したが、天文5年(1536年)に病死した〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「伊東祐吉」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.