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仁賀保藩 : ミニ英和和英辞書
仁賀保藩[にがほはん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [にん, じん]
 (n) kernel
: [ほ]
  1. (n,vs) guarantee 
: [はん]
  1. (n,n-suf) fiefdom 2. domain (precursor to current prefectures) 

仁賀保藩 : ウィキペディア日本語版
仁賀保藩[にがほはん]
仁賀保藩(にがほはん)は、江戸時代初期に出羽国由利郡仁賀保(現在の秋田県にかほ市仁賀保地区)周辺に存在した
== 藩史 ==
仁賀保氏は甲斐源氏・小笠原氏流の大井朝光の末裔と伝えられ、戦国時代には出羽国山根館を拠点とし、国人連合である由利十二頭の中心的存在であった。由利十二頭は状況に応じて大宝寺氏小野寺氏安東氏などの戦国大名と同盟を結び保身を図っており、その十二家は明らかではないが、仁賀保赤尾津(小助川)、滝沢(由利)、岩屋、打越、下村、石沢、禰々井(根井)、潟保、子吉、玉米矢島(大井)などの諸氏であるという。挙誠は赤尾津家から仁賀保挙晴の養子となった。
その仁賀保挙誠は、1600年慶長5年)の関ヶ原の戦いで東軍に与して、西軍の上杉氏の属城を落としたことから戦後、所領の5000石を安堵された。1602年(慶長7年)に常陸国武田に移封されたが、大坂の役などでも徳川方として功績を挙げたことから、1623年元和9年)10月18日、旧領である仁賀保に1万石の所領を与えられて諸侯に列し、仁賀保藩を立藩した。
しかし1625年寛永2年)に挙誠が死去すると、その所領は長男・仁賀保良俊に7000石、次男・仁賀保誠政に2000石、三男・仁賀保誠次に1000石とそれぞれ分封されて旗本となり、仁賀保藩はわずか2年で廃藩となった。後に良俊の家系は断絶したが、誠政流、誠次流の家系は明治時代まで存続した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「仁賀保藩」の詳細全文を読む




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