翻訳と辞書
Words near each other
・ 乃木坂美夏の麻衣ふぇあれいでぃお!
・ 乃木坂美夏の麻衣ふぇあれいでぃお! ねくすとっ!!
・ 乃木坂駅
・ 乃木大将
・ 乃木太三
・ 乃木太郎
・ 乃木将軍
・ 乃木小学校
・ 乃木希典
・ 乃木希典那須野旧宅
乃木希和
・ 乃木希次
・ 乃木恋〜坂道の下で、あの日僕は恋をした〜
・ 乃木恒子
・ 乃木浜総合公園
・ 乃木涼介
・ 乃木町
・ 乃木町 (台北市)
・ 乃木真梨子
・ 乃木神社


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

乃木希和 : ミニ英和和英辞書
乃木希和[のぎ まれかず]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [の]
  1. (prt) (1) (uk) indicates possessive 2. (2) verb and adjective nominalizer (nominaliser) 3. (3) indicates question (sentence end)
: [き]
 【名詞】 1. tree 2. wood 3. timber 
: [まれ]
  1. (adj-na,n) rare 2. seldom
: [わ]
 【名詞】 1. (1) sum 2. (2) harmony 3. peace 

乃木希和 : ウィキペディア日本語版
乃木希和[のぎ まれかず]
乃木 希和(のぎ まれかず、元禄12年(1699年) - 寛政8年10月13日1796年11月12日))は江戸時代長府藩藩士で、後に毛利匡敬が長州藩主の家督を相続すると転出して長州藩士となる。定府の藩医。は希和。通称は金槌、朝可、道伯。長州藩士の乃木家の祖という。長州藩士時代の家格は御手廻組で、石高は250石。乃木希次は血統上の孫にあたる。
== 経歴 ==
定府の長府藩医乃木傳庵の甥で対馬藩士の打它六千代と、伝庵の娘との長男として誕生。元禄15年に傳庵の長男久太郎が、乃木家を出ると、父が傳庵養子となるに従い、乃木家に入る。
尾張藩徳川継友に300石で仕官して尾張藩士になる予定であったが、平野丹波の取り成し〔なお、出典では清末藩主の毛利元知が取り成しに加わったとしているが、年代があわないので、ここでは省略する〕で取りやめとなる。主君の匡敬が長州藩を相続するにともない、これに御供して宝暦2年(1752年)10月20日に長府藩から長州藩に転出し、石高250石知行の上、御手廻組の藩医となる。
なお、この時は父は生存中(宝暦6年(1756年)に死去)で希和は家督を相続しておらず、長府藩の乃木家を出て、長州藩で新たに乃木家を創設することになる。なお長府藩の乃木家は弟の乃木隋陽が相続する。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「乃木希和」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.