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下志津陸軍飛行学校 : ミニ英和和英辞書
下志津陸軍飛行学校[しもしづりくぐんひこうがっこう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [した, もと]
 (adv) under (esp. influence or guidance)
: [こころざし]
 【名詞】 1. will 2. intention 3. motive 
: [りく, ろく]
 (adj-na,n) six (used in legal documents)
陸軍 : [りくぐん]
 【名詞】 1. army 
: [ぐん]
  1. (n,n-suf) army 2. force 3. troops 
: [ひ]
 (n) (abbr) rook (shogi)
飛行 : [ひこう]
  1. (n,vs) aviation 
: [くだり, ぎょう]
 【名詞】 1. (1) line 2. row 3. (2) verse 
: [がく]
 【名詞】 1. learning 2. scholarship 3. erudition 4. knowledge 
学校 : [がっこう]
 【名詞】 1. school 
: [こう]
  1. (n,n-suf) -school 2. proof

下志津陸軍飛行学校 : ウィキペディア日本語版
下志津陸軍飛行学校[しもしづりくぐんひこうがっこう]

下志津陸軍飛行学校(しもしづりくぐんひこうがっこう)は、日本陸軍軍学校のひとつ。主として空中偵察に関する各種の教育と研究を行った。1921年大正10年)4月、陸軍航空学校下志津分校として開設され、1924年(大正13年)5月、下志津陸軍飛行学校として独立した。学校本部および本校は千葉県都村(現在の千葉市若葉区若松町)に置かれ、ほかに同県の海上郡(同銚子市)および八街町(同八街市)、広島県広島市に分教場、分教所があった。
1944年昭和19年)6月、下志津陸軍飛行学校は下志津教導飛行師団に改編され、同飛行師団1945年(昭和20年)8月太平洋戦争大東亜戦争)の終戦により解散した。ここでは下志津教導飛行師団についても述べる。
== 沿革 ==

=== 陸軍航空草創期 ===

日本陸軍が飛行機操縦者の体系的な教育を国内で開始したのは1912年明治45年)7月のことである。各兵科から志願のうえ選抜された「操縦術修業者」を当時唯一の航空関係部隊である気球隊に分遣する形式をとり、埼玉県入間郡所沢町の飛行試験場(のちの所沢陸軍飛行場)で教育した〔『陸軍航空の軍備と運用(1)』27頁〕。また当時飛行機の軍事用途の第一義は偵察であり、飛行機に同乗する「空中偵察術修業者」の教育も行われた。1915年(大正4年)12月、常設部隊として所沢に航空大隊が創設されると、以後の操縦術修業者および空中偵察術修業者は、航空大隊または気球隊に分遣され教育を受けることとなった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「下志津陸軍飛行学校」の詳細全文を読む




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