翻訳と辞書
Words near each other
・ 下山芳晴
・ 下山英哉
・ 下山葵
・ 下山街道 (岡崎市)
・ 下山路村
・ 下山門駅
・ 下山順一郎
・ 下山駅
・ 下山駅 (京都府)
・ 下山駅 (高知県)
下岡忠治
・ 下岡蓮杖
・ 下岡陽子
・ 下岩下ランプ
・ 下岩崎駅
・ 下岩川
・ 下岩川村
・ 下岩橋
・ 下岬村
・ 下島


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

下岡忠治 : ミニ英和和英辞書
下岡忠治[しもおか ちゅうじ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [した, もと]
 (adv) under (esp. influence or guidance)
: [こう, おか]
 【名詞】 1. hill 2. height 3. knoll 4. rising ground

下岡忠治 : ウィキペディア日本語版
下岡忠治[しもおか ちゅうじ]

下岡 忠治(しもおか ちゅうじ、1870年10月26日明治3年10月2日〔『日本近現代人物履歴事典』267頁。〕) - 1925年大正14年)11月22日)は、日本の内務農商務官僚政治家衆議院議員朝鮮総督府政務総監。号・三峰。
== 経歴 ==
庄屋酒造業、下岡直一の二男として摂津国川辺郡広根村(現:兵庫県川辺郡猪名川町)で生まれる。一時東京に転居し、麹町小学校を卒業〔『麹町小學校の百年』千代田区立麹町小学校創立百周年記念会、1974年。〕。その後は、大阪中学第三高等中学校を経て、1895年7月、帝国大学法科大学政治学科を卒業。内務属となり内務省大臣官房文書課勤務となる。同年11月、文官高等試験に合格。
1896年1月、熊本県参事官に就任し、京都府参事官、茨城県書記官法制局参事官、兼法制局書記官などを歴任。1906年11月、秋田県知事となる。1908年10月、農商務省農務局長に転じ、農商務次官枢密院書記官長内務次官を歴任した。
1915年3月、兵庫県郡部区から第12回衆議院議員総選挙に出馬し当選。以後、1924年5月の第15回総選挙まで連続4回当選した。公友倶楽部公正会に所属。第2次大隈内閣では、1915年7月から8月まで内務参政官に就任。その後、憲政会総務も務めた。
1924年7月、朝鮮総督府政務総監に就任。鉄道局長事務取扱などを兼務。1925年11月、胃癌のため〔服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)14頁〕現職で死去した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「下岡忠治」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.