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ロジャー・マクダウェル : ミニ英和和英辞書
ロジャー・マクダウェル[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ジャー : [じゃー]
 【名詞】 1. jar 2. (n) jar
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ロジャー・マクダウェル : ウィキペディア日本語版
ロジャー・マクダウェル[ちょうおん]

ロジャー・マクダウェルRoger Alan McDowell , 1960年12月21日 - )はアメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ出身、MLBニューヨーク・メッツ等で活躍した投手で、現在はアトランタ・ブレーブスの投手コーチ。右投右打。
== 人物・来歴 ==
のドラフトでニューヨーク・メッツから指名され、入団。マイナーリーグでは当初先発投手であったが、に肘を痛め、リリーフに転向。この頃、後の決め球となるシンカーをマスターする。
4月11日にメジャーデビューを果たし、当初は中継ぎとして起用されたが、シーズン中には左腕ジェシー・オロスコとのダブルストッパーに昇格。ルーキーイヤーのこの年は62試合に登板し、127回1/3を投げて6勝5敗17セーブ、防御率2.83の活躍。新人王は110盗塁のビンス・コールマンが獲得し、他にも20勝したトム・ブラウニングがいたため2位にもなれなかったが、例年ならば選ばれてもおかしくない成績であった。なお、この年2試合に先発しているが、キャリア中先発はこの2試合のみである。
メッツがワールドシリーズ優勝を果たしたは75試合、128回を投げて14勝9敗22セーブ、防御率3.02をあげる。ボストン・レッドソックスとのワールドシリーズでは、3勝3敗で迎えた最終第7戦では勝利投手となった。
は序盤にヘルニアを患い、防御率4点台と苦しんだが自己最多の25セーブをあげる。しかし、セントルイス・カージナルスと地区優勝争いを繰り広げた終盤、9月11日の直接対決ではテリー・ペンドルトンに2ラン本塁打を喫し、地区優勝を逃すこととなった。
はオロスコがロサンゼルス・ドジャースに移籍し、ランディ・マイヤーズとのツー・プラトンとなったが、この年メッツは100勝62敗をあげて地区優勝。マクダウェルも16セーブ、そして防御率2.63と好投。しかし、有利が予想されたドジャースとのナ・リーグチャンピオンシップシリーズでは、2勝1敗とリードして迎えた第4戦にドワイト・グッデンマイク・ソーシアに同点本塁打を喫した後に登板。延長12回にカーク・ギブソンに決勝本塁打を喫する。シリーズは最終戦までもつれ込んだがドジャースに敗れ、ワールドシリーズ進出はならなかった。
は序盤からリリーフ失敗を繰り返し、1勝5敗4セーブの時点で7月18日ホワン・サミュエルとの交換で、レニー・ダイクストラと共にフィラデルフィア・フィリーズに移籍。これは、不可解なトレードの多いメッツにおいても失敗したトレードの一つとなった。サミュエルは残りシーズン打率.228の大不振で翌シーズン再び移籍。一方、ダイクストラはリーグを代表する一番打者に成長し、マクダウェルも1989年の残りシーズンは44試合の登板で3勝3敗19セーブ、防御率1.11と活躍。
翌は22セーブをあげた。メッツ時代のチームメイトキース・ヘルナンデスに敬意を払い、移籍後はヘルナンデスのメッツ時代の背番号「17」をつけた。他にロン・ダーリングボブ・オヘーダも同様のエピソードを持つ。
途中にロサンゼルス・ドジャースに移籍。にはリリーフ失敗を繰り返し、6勝10敗14セーブ、防御率4.09という成績に終わる。ドジャースは以降での最低勝率で、20世紀唯一の最下位に終わった。
以後は中継ぎでの起用が中心となり、シーズン終了後に解雇され、にはテキサス・レンジャーズに移籍。翌にはボルチモア・オリオールズに移籍する。ここでは、メッツ時代にダブルストッパーを組んだジェシー・オロスコと再びチームメイトとなった。しかし、肩を故障し8月に手術。再び解雇され、はシカゴ・ホワイトソックスと契約するが、登板できないまま再度の手術を受ける。もホワイトソックスのスプリング・トレーニングに参加したが、シーズン開幕を前にして現役を引退した。
引退後はドジャースのマイナー担当コーチを務めた後、からアトランタ・ブレーブスのコーチとなっている。4月23日サンフランシスコ・ジャイアンツ戦の試合前に、観客に対して同性愛者を忌み嫌う発言を行ったため、30日にMLB機構から2週間の謹慎処分を受けた。
いたずら好きで知られ、現役時代に下記のようなエピソードを残している。
*全米放送の試合中、ベンチでわざと頭の上にパンツをかぶったり、スパイクを頭にのせたりしていたが、ダグアウトで爆竹に火をつけたりと時として度を越すことがあった。
*ケルトとかつらといったユーモラスな扮装で、何度かMTVにも登場した。
*シンシナティ・レッズの女性オーナーマージ・ショットが選手のイヤリングを禁止したことに抗議して、シンシナティでの試合でショーに登場したマリアッチ・バンドに、多数のイヤリングをつけた姿で混じっていたことがあった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ロジャー・マクダウェル」の詳細全文を読む




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