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ムガム : ウィキペディア日本語版
ムガム

ムガム()はアゼルバイジャン民族音楽の1種で、タスニフやと比較される〔Intangible Cultural Heritage - The Azerbaijani Mugham 〕。ムガムはマカームで書かれる〔Music encyclopedias, e.g. The New Grove's entry on Azerbaijan.〕、古典詩と特定地方旋法の即興を複雑に組み合わせた芸術、形式構造である
西洋の旋法と異なり、ムガム旋法は音階だけでなく、演奏者が即興で奏でる口頭伝達旋律とも組み合わせられる。ムガムは多くのパートから成り、どのムガムを演奏するかは特定の催事に合わせて決められる〔。劇的な演奏の展開は一般的に高まる緊張と上昇する音程と、演奏者と聞き手の間の詩的音楽意思疎通形式から成る〔。ムガム演奏の3つの主要教育機関は19世紀末期から20世紀初頭の間に、、バクーに開かれた。カラバフのはこの芸術の街として知られた。アゼルバイジャンの楽器であるを用いたムガムの短い演奏は、ボイジャーのゴールデンレコードにも世界の音楽の代表として収録されている〔Azerbaijani Music Selected for Voyager Spacecraft 〕〔Azerbaijani mugham sent out to outer space 32 years ago 〕。2003年にはユネスコが、ムガムを「人類の口承および無形遺産の傑作」として登録した〔UNESCO: The Azerbaijani Mugham 〕。
== 歴史 ==

長い歴史の中で、アゼルバイジャン人古代から音楽の伝統を紡いで来た。ムガムは旋法音楽構造に属しており、おそらくはペルシア伝統音楽に由来する。新疆ウイグル自治区ウイグル族はこの音楽を「」と呼び、ウズベク人タジク人は maqom(またはshasmaqom)と呼び、アラブ人は「マカーム」と呼び、ペルシア人は「ダストガー」と呼ぶ。的なムガムの複雑性は、テュルク系民族の伝統として東洋音楽の中に遍在する「ムガム」や「マカーム」、「ダストガー」などの言葉とともに明らかになった。しかし、ウズベク語の「ムガム」は同じ言葉でもかなり異なる意味を持ち、アラビア伝統古典音楽でも同様である。よって、旋律の終わり方に共通性がみられるとしても、ある文化においてムガムの旋律方式は厳しく制限される一方、他の文化では単なるカデンツァに過ぎないこともある。その他の文化とは特定音階とのみ一致するかも知れない。『ニューヨークタイムズ』によると、ムガムは交響曲の長さの組曲で、無計量で律動的、歌唱と楽器、鳴り続ける単音や舞踊調の繰り返しに満ちた音楽である〔Classical Azeri Poetry in Song, From a Team of Father and Daughter 〕。
ムガムは祈り子守唄に起源を持ち、そのように母から子へ伝えられる。しかしながらムガムには数百もの種類があり戦争聖歌に似たものまである。16世紀から17世紀にはムガムは専門民謡音楽として宮廷で演じられた。この時期にダストガーがムガムの形を取り始め、タスニフと同様にムガム演奏に新たな色合いが加わった。アゼルバイジャンのムガムの達人が、フズーリー、、イスマーイール1世などによって書かれたアルズ・ウェズニ式のガザルを歌った。19世紀にはアゼルバイジャン各地で音楽祭が開かれ、ムガムもそこで演奏された。同時代にはフランスの科学者であるアレクサンドル・デュマ・ペールがの式典に出席し、そこで聞いたムガムにとても感動したと旅行記に書いている〔History of mugam and stages of development 〕。アゼルバイジャンで開催されたこのような式典にはカラバフやバクー、タブリーズからもハナンダ(ムガム奏者)が参加し、これは異なる地方の歌が混ざる要因となった。だが、アゼルバイジャンの作曲家はムガムと伝統欧州様式の音楽を混ぜ過ぎた。例えばヴァジフ・アディゴザロフのムガム・オラトリオに『』がある〔Inna Naroditskaya, ''Song from the Land of Fire: Continuity and Change in Azerbaijani Mugham", New York: Routledge, 2003.〕。これらの作品は多くのムガムの概念を具体化したが、伝統的なムガムの形式とは大きく異なる。演奏家の間でも、同じ音楽大学で学びながら練習過程で「古典」と「伝統」の間に厳しい隔たりがあった。
20世紀の初期には、アゼルバイジャン初の国産オペラ『』(これにより「ムガム・オペラ」という様式が作り出された)を書いたウゼイル・ハジベヨフが、著書『アゼルバイジャン民謡の原則』〔Uzeyir Hajibeyov, ''The Principles of Azerbaijani Folk Music''. Translated by G. Bairamov. Baku, Yazichi, 1985〕でムガムの理論を説明した。作曲家のカラ・カラーエフフィクレト・アミロフ(代表作はを用いた『』)もムガム交響曲を創ることでムガムの発展に大きな貢献をした。ハジババ・ヒュセイノフはムガムの大衆化に大きな役割を果たし、やアガハン・アブドゥッラエフガディル・リュスタモフなどの著名なムガム奏者を育てた。1985年にはのムガム学校が、合奏団「カラバフ・ナイチンゲールズ」を結成している。
2005年にはが大統領イルハム・アリエフの布告によって設立された。同年8月にはで、大統領と彼の妻であるユネスコ親善大使の、ユネスコ事務局長の松浦晃一郎によって施設の要石が置かれた〔Международный центр Мугама 〕〔The Director-General hails the importance of living traditions at the Mugham Festival in Baku, Azerbaijan 〕。センターは2008年12月27日に開館した〔Ильхам Алиев принял участие в открытии Международного центра мугама - Фотосессия 〕〔Международный центр мугама открыт в Баку 〕。面積は7500平方メートルで、350人収容の演奏会場や録音室、練習室が設置されている。休憩室では有名なムガム演奏家の胸像や豊富な楽器の収蔵物が見られる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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