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ヘンネルスドルフの戦い : ミニ英和和英辞書
ヘンネルスドルフの戦い[へんねるすどるふのたたかい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いくさ]
 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight 
戦い : [たたかい]
 【名詞】 1. battle 2. fight 3. struggle 4. conflict 

ヘンネルスドルフの戦い : ウィキペディア日本語版
ヘンネルスドルフの戦い[へんねるすどるふのたたかい]

ヘンネルスドルフの戦い(ヘンネルスドルフのたたかい、)もしくはカトーリッシュ=ヘンネルスドルフの戦い(、もしくは)は、1745年11月23日に行われたオーストリア継承戦争における戦闘である。45年冬のラウジッツ地方でオーストリアハプスブルク君主国)、ザクセン連合軍とプロイセン軍との間に展開された一連の軍事行動のうちのひとつで、プロイセン軍がザクセン軍を急襲して勝利した。
== 背景 ==

1745年11月、プロイセン本領のブランデンブルク攻撃を図るマリア・テレジアは、ベーメン北部からザクセンのラウジッツにカール公子のオーストリア軍主力部隊を進出させようとしていた。この計画を察知したフリードリヒ大王は気付かぬふりをしつつ密かに対策を講じ、老デッサウマクデブルクに送って西部の作戦を任せ、シュレージエンに駐屯する息子の若デッサウに命じて当地にある軍を集結させた。
11月15日、大王は下シュレージエンの街リーグニッツに到着し、若デッサウより集結を完了したプロイセン軍約3万を受け取った〔Holcroft, 1789 (2008), p.254。〕。しかし大王はすぐに連合軍の攻撃に向かうのではなく、ここで一時待機した。大王の作戦は、カール公子軍がラウジッツへの進出を終えて十分自国に接近したところで一気に強襲をかけるというもので、諸部隊には北のクロッセンに移動する準備をさせるなど 、ホーエンフリートベルクの戦いのときと同じように作戦意図の欺瞞に抜かりなかった〔Asprey, 1986, p.342。〕。11月20日、プロイセン軍はリーグニッツから西進してザクセン国境に接近し、攻撃準備を整えたが、本隊はなおボーベア川の線に留まり〔、自軍が手ぐすね引いて待ちかまえているということを悟られないために、大王はヴィンターフェルトに兵3千を与えてボーベア川の支流でその西を平行に流れるクヴァイス川の線に展開させ、敵騎兵斥候の侵入を阻止するとともに敵軍の行動を偵察させた〔。
一方、カール公子の作戦は、ラウジッツから北上してオーデル川に出、フランクフルトを占領してシュレージエンのプロイセン軍とブランデンブルク本領の連絡を断ち、しかるのち西進してベルリンを攻撃するというものであった。カール公子軍はベーメン北辺のライヒェンベルクフリートラントから続々とラウジッツに入り、ナイセ川を補給路にしてゲルリッツに物資集積基地を置き、そのままナイセ川を下ってフランクフルトに出るつもりであった。ラウジッツに展開するザクセン軍部隊はカール公子軍に合流し、その前衛、もしくは右翼側衛としてラウバン周辺に位置した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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